2012年03月30日

中締め

なのです。


もう大体のことがわかってきた。もちろんまだ未開な部分はあるだろうけど。


メモにちゃんと書けたら書こう。
うんにゃー、人を好きになれて良かったー!
例えば、顔も声も話し方も話すことも背格好も、みんな。
確かな感覚を。一番だったなぁ、うん。なんというかな「好き」とちゃんと言っても怖くなかった。


まだどこかで想ってくれてやしないか、とか特別でありたいとか、私は特別であれたのかなー、って思っちゃうんだけどさ、過去形は嫌いなんだけどさ、長かったぁ、とりあえず中締めです。


ありがとうございました。


俗なことはまた今度!




最近は子供がかわいく思えてきたよ!(何アピール)


そういうもの!

後はがんばれ!


ヒトコト:
というわけで、本日をもって社会人1年目というものを終えることとします。皆さん、ありがとうございました!!1年で何も積みあがってる感ねぇが、とりあえず最初に比べたら鬱感は減ったでしょう!(笑)
ありがとうございました。社会人1年目お疲れ様会してぇぇぇぇぇぇぇぇ!(笑)
2年目も3年目も4年目の方もお疲れ様でした!!良かったら飲みましょう!いぇい!


フタコト:
・・・・つぇぇぇぇぇぃいい!!!
Mr.Children LIVE独占生中継
"20th ANNIVERSARY POPSAURUS 2012" 5月10日(木)京セラドームから生中継!


マジでWOWOW加入者の人・・・一緒に観させてください!会社をマッハで去ります(笑)
一緒に観れたら楽しいだろうなー!


ミコト:
海辺のカフカ読み終わり。
全てはメタファー。メタフォリカルに読む必要があるのかなと思いきや、そんな頭は持ち合わせていないので、とりあえず響いたところだけ。一貫してナカタさん関連の「それが何かはわからないけど、その時がくれば、それを見れば、間違いなく、それとわかる」的な話。それに関連づくように、「言葉で説明してもそこにあるものを正しく伝えることはできないから。本当の答えというのはことばにできないものだから」ってとこ。

「それで、ことばで説明しても正しく伝わらないものは、まったく説明しないのがいちばんいい」

「たとえ自分に対しても。」


そう、説明しなくていいんだ。わかったからね。

そして、その時がくれば、それってわかる。人は変わっていく。
そういうカフカでした。


posted by ゆっぽん at 20:36 | 東京 ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | 寄り道 はてなブックマーク - 中締め | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

いいよ

いいよ

それは言わなくていいことなんだ。
メモに書いておくだけ。


ある種のことは言ってしまったらそこでお終いなんだ。


言わない方がまだ生きていける。
posted by ゆっぽん at 14:09 | 東京 ☁ | Comment(0) | TrackBack(0) | 寄り道 はてなブックマーク - いいよ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年03月29日

as long as you can

今日おっさんたちと(1時間半くらい)打ち合わせしてて気づいたことがある。


長引くにつれて考えた→


「もし今、例えば大地震が起きたら僕はこのおじさん達と一緒に死ぬんだろうか」って。


それは嫌だなと。


でも考えてみれば、それは長く一緒にいれば長く一緒にいる分その確率が高まる。



そこで、自問した。僕が今一緒に居たいのはこの人達か?と。
(打合せ中に何考えてんの?ってツッコミはよしこさん。)

もちろん答えはNoである。



もちろん極論ではある。


でも卒業式の後に学部長(多賀先生)がおっしゃった

「好きな人とはできるだけ長く一緒に居た方が良い」って言葉が僕を襲うように頭に広がった。

急に実感を伴って理解できた。


言ってる意味わかるかな?


1日24時間。


その時がいつきてもいいように。

後悔しないように。


これを見てる人、君も好きな人とできるだけ長く一緒にいてくださいな。我慢はダメよ。


言う。




可及的速やかに好きな人とできるだけ長く一緒にいてください。人生は終わりにどんどん近づく。

「今」は残りの人生の始まり。


だから、できるだけ長くなら、「今から」できるだけ一緒に居るんだよぉぉぉぉ。



好きな人とは、できるだけ長く一緒にいたい。


好きな人とは、できるだけ長く一緒に居たほうがいい。

You should be with who you love as long as you can.




悪いことは言わないからさー。




ヒトコト:
今まで逃げてきたもの。しっかり向きあって、落ち着かせて、落ち着いてきた。
久しぶりに見た。見る前が一番緊張した。
見たらどうのこうもなかった。ただ取り立てる必要はないんじゃないかなぁと思った。
もうわかっているんだし。
そんでもって歯車が回りだす。
正しく生きていれば人生の歯車が回りだします。


ヒトコト2:
そうだった。GWは沖縄一周しませんか!!(どーん)途中ね、砂浜泊しよう。どうでっしゃろ?!(笑(でも本気よよよん。
いやぁね、5月の沖縄だったら、寝れると思うんだよねー。ロケ(?)しながら回りたいよねー。4泊くらいしたいよねー。
posted by ゆっぽん at 23:14 | 東京 ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 はてなブックマーク - as long as you can | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年03月27日

僕「は」いたい。

でもヒーローになりたい。

デザートを笑って食べる君のそばに僕はいたい。



昔のエントリーを読み返す。

一途だなんてそんなキレイなもんじゃないです。

春は出会いと別れの季節よのぅ。

そう思った銀座。

でもどこかしら安心。はは、悪い性格だ。

でも好きです。(と言ってみる。)

posted by ゆっぽん at 22:50 | 東京 ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | 寄り道 はてなブックマーク - 僕「は」いたい。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年03月26日

早稲田の卒業式(加筆修正)

忘れないうちに


早稲田卒業式
相変わらず素晴らしいものです。

青年海外協力隊
1年と11ヶ月
社会人経験も大事
青年海外協力隊で働いて一時帰国した先輩。本当にあの先輩の話、というかこういう活動をされて、自分のやりたいことをやるって動けてる人の話は本当に元気でる。
社会のためと言えど、食っていく(資金)ことは大事。そこのところも聞けて良かった。

5月末でやめる
先輩が言い放った。そして、私にとっても感慨深い(?)企業へご転職なさるそうで。
門出をお祝い。

結婚する
先輩が言い放った。最近は富に結婚ブームやね・・・!
(うちの姉もするとかしないとか)
これで、あーショックも受けるんだろうなぁ。(姉の話じゃなくね!(笑))
でも結婚って相当な決断だから
それを尊重してあげないといけない。あーショックだろうなぁ。(女々しい(笑))

子供がいる
間接的な先輩に子供ができており、めっさ可愛かったさー。(子供かわいいー!とかあまりしないんだけど)、なぜか朝に子供をめちゃめちゃ可愛がる夢をみたせいか。かわいい!っていうのと、何もないところからここまで大きくなる・・・命ってすげぇぇぇ・・・!!っていう驚き。

巧詐は拙誠に如かず。−「功詐(こうさ)」とは、巧みに表面をとりつくろうようなやり方のこと。 これに対して、「拙誠(せっせい)」とは、つたなくても心のこもったやり方のこと。/どんなに巧く取り繕っても、拙い誠(まこと)には及ばない。

学部長
卒業式後、WIFで集まったママハウスにたまたま居合わせた学部長。
かっこ良さすぎ。

筋を通して、私心をなくす、(も一個忘れた!)。すると・・・出世できません(笑)。出世するには逆をすればいいのです。筋を通さず、私心ありあり。そうすれば出世できます。でも早稲田の学生はそうじゃありません。

人材をつくるのではなく人物を育てる。
人材はそのスキルによって信頼される。人物はその人となりトータルで信頼されるということ。

学生を大事に育てる。
だから社学の職員は他学部から羨ましがられる。

尊敬し合える人と結婚する
40年経った今でも一番楽しい話相手は妻
(←言いたい。)

今62(歳)で今まで70カ国をまわったこともある。君たちの苦労はおしてはかるには余りある。

好死は悪活に如かず。―好死不如悪活 『通俗編』・・・「好死」とは、立派な死に方、いさぎよい死に方。「悪活」とは、みじめな生き方、見苦しい生き方。そんな生き方でも、とにかく生き抜くほうが「好死」に優っている。

かっこよくなる
かっこいい人になりたい。

喋れるようになる
周りのみなさんが良いものを持ちすぎて、自分には何もないなぁと思ってしまう。何か、ギターでもいい、なんでもいい、何か語れる(ほど熱中できる)ものが必要だと思った。次のステージに持っていくものかもしれない。

コンプレックス産業
は、結果がでやすい。

コミュニティーの数
1000万のコミニティが10こではなく、1000のコミニティが1万この時代。
→確かに、私も会社興すなら4人くらいでいいし、そこで抱えられる人から抱えられるだけのお金を稼げれば結構十分。


学部長の話もそうだけど、
巧詐は拙誠に如かず、とか、好死は悪活に如かずとか、あの歳のおっさん(言い方失礼許して!)が堂々と言えるのがいい。

大隈講堂の壇上じゃなくママハウスの床の上だからいい。

あれは誰かがいつまでも堂々と言ってないと希望もくそもなくなる。

そゆ意味であの言葉は希望でした。

そこにプライドを持っていきられるってすごいかっこいい。

早稲田の誇りじゃー!

あの人がこの言葉のまま生きていらっしゃったとしたら、"巧詐は拙誠に如かず"、で出世はしなかったかもしれないけど、県知事選挙で30万票(だっけ?)を集めることはできるし、学部長になることだってできるし、世界70カ国は回れるし、40年間連れ添っても話すのが一番楽しいと思える奥さんと結婚できるし、ゼミだって持てるし、学生はついてきてくれるし、ママハウスだってお世話してくれるし、何よりもそこにたまたま居合わせた「僕ら」を言葉一つで感動させることができる。

すごく尊い。

あぁ素敵な卒業式でした。

ご卒業おめでとう。(メモ書きでごめんなさい!)
posted by ゆっぽん at 00:40 | 東京 ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | 寄り道 はてなブックマーク - 早稲田の卒業式(加筆修正) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年03月23日

Imagination

「すべては想像力の問題なのだ」


「すべては想像力の問題なのだ。ぼくらの責任は想像力の中から始まる。イェーツが書いている。 In dreams begin the responsibilities.―まさにそのとおり。逆に言えば想像力の無いところに責任は生じないのかもしれない。」(海辺のカフカ/村上春樹)







さて、やっと書きます。
そして書いてしまいます。(30日までTOPを変えないつもりが、それよりも伝えたいことが出てきてしまった。)



先日、2泊4日で、岩手県は陸前高田の方でボランティア活動に参加させていただきました。

今回は、既に陸前高田で長いこと働いていらっしゃる先輩がいて、(4連休もあることだし)会いに行くのもいいだろう。と思って決行したボランティア。


ちなみにこれが前回のボランティアの感想


今回はなるべくなら全部自分で(そもそも行こうと思ったインセンティブはその"先輩"にあるのだけど)いろいろ手配して、なるべくなら周りの人を巻き込んで、そういったのっぴきならない状況というか
現状をみて少しでもなにか感じてもらえたらなと思って誘った。


細かいことを言えば、人を誘うっていうのもなかなか労力のいることで、どうにもならなかったりする
ってことを実感しました。でも、行きたいという気持ちはあったし、いくら俺が人に声をかけて断られようが、スルーされようが、今まで声をかけられていない人にとってはまず声も届いていないわけで、聞いてみたらなにか変わるかもしれないわけで。
そう信じて、ひとりひとり声をかけていった。(中には、Twitterとかで呼びかければ人がわんわん集まってくるそんな素敵な人もいるかもしれない。でも、僕の場合そうじゃない、少しでも可能性を見つけて、ちょっとでも行き得そうな人には声をかけさせてもらった。)

それで、どうにか4人ほど集まってくれた。1日だけの参加だったり、遅れて参加してくれたり
そこにお金も時間もかかるのに、だ。
まずそこに本当に感謝した。車の運転もそうだけどひとりではなかなか踏み出しづらいボランティアでもある、一緒についてきてくれる人のいるおかげで僕も前向きに参加ができたのだと思う。


さて、正直に誠実にそのことについて書いていけたらと思う。

まず大雑把に反省。
1、車の運転に関しても何に関してももっと「安全」に気を配るべき。気が緩んだ場面があった。自戒。
2、「知らない」ことで災害派遣等従事車両の申請も逃してしまった。(できてれば高速が無料だったのに)(これは済んだけど)「知らない」では済まされないし、「知らない」では人は救えない。
3、車の運転上手くなろう。うん。


では、本題に入ります。

道中(も体力的にアクシデント的にも大変だったのだが)の話はカットしておきます。(笑)
いろんな意味で良い経験はできました。会った時に話しましょう。
ボランティアのとこにフォーカスします。

震災から1年経ち、ボランティアで何を感じたか。なんて、もうそんな時期じゃない、ニーズもないと思うでしょうか。でも、僕の中では確実に前回(昨年6月)に活動した時よりか、違う何かを感じていました。

この2日間で、陸前高田には400名ほど、200名ほどの方々がボランティアに訪れていました。
私の感覚では「多いな」って感じです。(団体での参加が半数くらい)
聞いてみてもボランティアの数、陸前高田は多い方だそうです。(ボランティアセンターを閉鎖したところもあるらしいですしね。そんな影響でも陸前高田の方へ多くなるのかもしれません。)

活動として私がやったことと言えば、
田んぼの瓦礫の処理、と、海岸沿いの土嚢積みです。

陸前高田は全壊が多くほとんど流されてしまっており、(それでも瓦礫はまだまだ積まれているし、それでも大分処理されてきたほうではあるらしいのですが)建物がなくなっているなぁ。という印象。
後に気仙沼も訪れましたが、こちらは建物が残っており、一見「ひどい」という印象受ける。


活動しているときにはいろいろ考えます。
このボランティアのシステムのあり方とか(もっと効率良くできないのかなーとか)、初回って人は右も左もわからず大変だよなぁとか、もっと説明とかさくさくってできないのかなぁとか、ここにブルドーザー持ってきちゃえばええじゃんとか、これずっとやってたら10年くらいかかるんじゃないの・・・?とか
先のことを考えてボランティアしようよ(「ただ」「今」活動するんじゃなくて、先に目指す方向決めようよ・・・)、とか。
(活動について言えば、こうやって今掘り出している中にも人の生活があって、これは何に使われていたんだろう・・・とか。こういうことは考えれば考えるほど考えてしまって手が動かなくなっていきます。
だからなるべく考えず、今の活動をしようとしました。)
とかとかを逡巡することはあった。


でも、やりながら思った。
いや、そんなことはここでずっとボランティアされていたり、携わっていたりする人はとうに感じていることなのだろう。と。
わかっているけど、やりきれない、想いとか、現状があっての今なんだろうと。
もしかしたら、土地との関係があるかもしれない、自治体との折衝とかあるのかもしれない、その土地の人が未だうまく考えることができていないのかもしれない。

そう考えた時にこの、いちボランティアがふらっときて、あーすりゃいい、こーすりゃいい、なんていうのはきっとごく控えめに言ってひな鳥みたいな意味しかもたないのだろうと思う。
「じゃあ、やれるの?、やってくれるの?」って聞かれたら、言葉に詰まるだろう。
多分ほとんどの人がそうだ。
そこに携わっている、命を預けてがんばっている、(もちろん頭のいい)人たちが、そうしてくれというのなら、それは間違っていなく、そうするべきなのだと思った。
先のことをどうのこうのよりも、まず今やるべきことをやることが(それは、今、単なる感情的な解決にしかならないかもしれなくても)やるべきことなのだろうと思う。


それにね、途方にくれそうなことでも、毎回人が来て(今回は大体半数が初めて活動されたりする人だったかな)活動していくだけで、それって長い目でみて復興につながっていくと思うのだよね。

そこで活動することで、少なからずその街を知るし、その街を好きになる。
じゃあ何年後でもいい。また遊びに来ようかなって、知らない街よりかは思える。
ボランティアに関わったのなら、「あそこの土地私もちょっと綺麗にしたんだよね」って友達・彼氏・彼女・子供・親に自慢できる時がやってくるかもしれない。
「この牡蠣の養殖のやつ綺麗にしたなー私もこれに携わってるってことよね」って言えるかもしれない。

そういうことが実は至極大事なのではないかと思う。
もちろん目下どういうことをやるのが一番いいのかも考えているだろうけど、まずは結果よりもそこで愛をもってもらえたら息の長い復興につながるってことだよなぁと思ったのでした。
知ることで他人じゃなくなるっていうかな。

前回のボランティアでは、全然整理ができてなくて、本当にただただやる。って感じだったけど
今回は(自分が)落ち着いていろいろなことを感じるようになった気がする。
(社会人1年が過ぎるというのもあるかもしれないし、4連休中の3日を使うってことで余裕があったのかもしれない)


そして、だ。


なぜ僕が冒頭に村上春樹さんをあげたか。
(もちろん今読んでいるからといっても間違いではない)

すべては想像力の問題なのだ。

この言葉が響いてきた。


僕が働くようになって、いろいろなことに少しづつ気づいたり、想像ができるようになってくる、とは
昔に言ったことがあるかもしれないけど。
長く生きていくと経験をしていくと、想像ができるようになる。

例えば、今回のおかげで、0から人を呼んでボランティアへ行き(飴を募集(ありがとうございました!)し)活動し帰ってくることが、どういうことか、想像ができるようになったし、どれほどのコスト、時間、精神的負担、肉体的負担がかかったり、(もちろん良いこともある)人に会えたり、どれだけかワクワクすることに出会えるかとか想像ができるようになる。

ともすれば、人が何かしようとするときの大変さがわかったりもするし、なるべくなら協力してあげたいと思う。それは、いろんな事を経験した上でしか有り得ない。
まるっきり想像で想像はできない。


話を戻そう。

自分のしたこと、しようとしていること、目の前の出来事、ここに想像が伴って、責任とか良いとか悪いとかが生まれる。
反省にも上げたけど、僕の運転がもっともっと上手くなかったら、誰かを怪我させているかもしれない
誰かを怪我させてしまったら、その誰かのために誰かが悲しむかもしれない。
それは連鎖のように悲しみを生むかもしれない。あくまで想像だ。

でもだからこそ、絶対に怪我させちゃならない。
安全で帰ってこなくちゃならない。と責任が生まれるのだ。
想像ができないのに人を守れるわけがない。
想像力の問題だ。
(実のところ気を回せるか回せないかもこの想像力の問題だと思う。)

この想像力。海辺のカフカを読んだから・・・ではないけど
昨年の6月のボランティアより少しはリアリティを持って想像するようになった。

前回は例え、ひっくり返った建物を見たって、リアリティがなく、ファンタジーのような世界に入ったかのような感じだったのだが、今回は(今回も異国の地にいるような感じはあったけど)それが"その時に"、"ここで"起こったのだ。と思うと(それこそ想像できたものではないけど)処理しきれなくなる。

ましてや、僕はそこで生きている"大切な人"を想像する。
あぁ、恵まれていると思う。
今「どうもありがとう」と言いたくなる。(今回は我慢しておいた。)

でも、それが起きた時のことを想像したらどうだろう
かつ、僕がそこにいれなかったらどれだけ・・・表せない("例えば")空虚なんだろう。
その人の存在が見つからなかったら、うまくも悲しめない。

その人の存在自体が否定されたかと、
今その人が生きているのは自分の頭の中だけかと
本当にその人はいてくれたのかと
かろうじて写真はあったとしても、本当にそれは本当のことだったのかなと
もちろん、忘れることで死なせてはならないけど
そういう巨大な曖昧な思念に包み込まれる。
あくまで、想像だ。想像だけで、申し訳ない。
でも僕はそういうことを考えた。

なぜ今回はそんなことを思えたのだろう。
今まで考えたことのない"大切な人"が頭に浮かんだから?
それともその想像力が芽生えたから?

どちらにせよ、そういう人が頭に浮かび、そういう想像ができ、少しでも悲しいとか
空虚だとか想像ができるおかげで、この世界を愛しく、楽しく、できることなら誠実に、生きようとも思う。そしてその大切な人の概念をちょっと緩めていろんな人を大切にできればいい。
先の話かもしれないけど。
とりあえず今の僕はこれくらい。(これくらいでもかなりの人間的進歩。)

こういう感情を知ったからこそ、今いる人へ、本当に勝手にいなくなるとかやめてよね
って心の底から思う。僕が困るのだ。

ということを考えた。

あぁ、なるほどぁ。
こういう感情か・・・と。



すべては想像力の問題なのだ。


うん。


そして、やっぱりその"先輩"はパワフルで(しっかりお話をさせていただいたことは今までないのだけど)出会えてよかったなーと思うし、行ってよかったなーと思うし、こうしてもう一回つながれてよかったなーと思う。

みなさんのお陰で飴もかなりたくさんいただきました、無事渡してきました。ありがとうございました。
そして、もう一度、一緒に付き合ってくれた方々に感謝。
まだまだ、考えていけたらなと思います。良いつながり方法を。

そして長々ありがとうございました。
経験は宝なり。



20120317_143827 (1).jpg
@陸前高田ボランティアセンター


余談ですが、その後のドライブは完全に私得で楽しかった(笑)。
たまにはこういうのもね・・・!
posted by ゆっぽん at 00:08 | 東京 ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 はてなブックマーク - Imagination | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年03月22日

April Fool

思ったより全然早くUPしてしまう。
待ってられない。それが僕の癖。未来からのエントリー。(のため3月30日まではずっとTOPにあります。)

さぁ、ちゃんと書こうか。

もしかしたら誰かを傷つけるかもしれないし
もしかしたらひとりでうずくまることになるかもしれない。

でも生きたこと、生きることにおいてきっととても重要なことのように思う。
(だから僕は若気の至りとして)、記しておこうと思う。

僕が、誰か(自分にとって)特別な人と人生を送りたいと意識しだしたのは
大学3年のときだ。
当時、パフォーマンスのサークルをつくって、それはとても楽しかった。
でも、そう思うと同時に、別次元の、「誰とでも」じゃない、心の温まる場所、いや人が
いたらいいなぁ・・・(というか、ひとりで生きてるって寂しいなぁ)と思ったのだ、
なんのきっかけも特になかったように思う。
ある程度満たされたからかもしれない。


もちろん、そこまでにいろんな恋もしてきたろう。
(といってもそこまで多くはないけど)、好きな人でうだうだして、1ヶ月くらいうげーってなって
でも終わったらケロリとしてしまう、とか振られることもあったし、好きだ、と思って付き合ったら
(自分の中で)うまくいかないこともあった。


という、そして、その頃に出会えた人が、自分の中では結構大きい。
今まで「好き」という感情というか、感覚で、付き合えるか付き合えないかを値踏みしていた自分が
「付き合いたいなー」という感情を持ったり、「好き」っていう感覚が表面的に思えるほど
もっと奥底で感じられる「何か」(それを人は愛とかなんとか言うのかもしれない)を
感じれていたし、だからこそ「合う」なぁと想える人だったから(だと今ではちゃんと言えるのだけどね)。

でも、その人とは得てして、「上手く」付き合えなくて
なにぶん事情が混み合っていて、僕も「上手く」立ち振る舞うことが出来なかった。


その後も、違う人ともっと思ったけど、なにぶん「好き」で付き合ってみると
なかなか(自分を)うまくコントロールできなくて、嫌になってしまった。
言い訳がましいけど「好き」ではあったと思う。
でも「愛おしさ」があったのかって聞かれたら難しいだろう。(今だから(わかったから)言える)

そんなこと言えるのは、「愛おしさ」があったことを知っていたからだと思う。
何かを見て「共有したい」と思える心だったり、「見せてあげたい」と思う気持ちだったり
「どうにかしてあげたい」っていう想いだったり、声が聞きたいってものかもしれない。
そういう感情について、一度触れたことがあったからなのだと想う。

(でも、多くの人はそういう感情を既に、高校生とか大学生とかで知っているのかもしれない。僕が知らないだけだったか、もしくはそういうものとめぐりあうことが本当に少なかったのだと想う。何より人見知りだから。(笑))


誰かを想いながら他の誰かと結婚して・・・って相談事が雑誌にあって、「そんな奴は気持ち悪い」と一刀両断している回答者がいて、あーまさしく気持ち悪い奴にはならないようにしようと思い、

今日見たテレビで、海外の人が妊娠報告すると周り(親とか友達とか)がめちゃくちゃ喜ぶ顔とか、夫が死ぬほど喜んでいる顔をいたらとても微笑ましく、私もできるだけ、あのように喜びたいし、人を喜ばせたいな、と思った。
それぐらい、素直な気持ちで好きな人との子供について祝福したい、と思った。

大体、そこを想像すれば、その人と合うかどうか、一緒にいたいかどうか
なんてわかってしまうのだけどね。
本当に大喜びする自分がみえればそれは間違っていないのだと想う。


さて、僕は人見知りだから、そこのところは「上手く」できないとは思う。
でも、「上手く」やらないでほしいと思う。どこかに気後れしながら、そういうことはしたくない。
つまり、だから、人はきっと、うんと、限られているんじゃないかと我ながら思う。
もしかしたら・・・0かもしれない。


でも思ったのだけど、例え0だとしても僕は1回でも、その温かな感情に触れることができたし
ましてや振られる経験もしているのだ。
それはきっと端から見たら、いいかげん夢見てないで誰かと我慢しなさいよ、と想うかもしれない。
でも言ったとおりきっと「上手く」我慢することはできないだろうし
(今までもそれをやろうとしてきたわけだし)
1回だけでも感覚がわかった恋愛をできて、幸せだなぁと想う。

瀬戸内寂聴さんが言ってたらしい。
恋を得たことのない人は不幸である。それにもまして、恋を失ったことのない人はもっと不幸である。
ってね。

あぁ、そうかぁ失ったのか。

ならば、先(があるかどうかわからないけど)では、またどこかで
よりしっかりした感覚で、新しい温かな感覚をつかめる。
言うなれば、いいオトコになれるんじゃなかろうか、とも想う。


というか、何が原因だとしても
ともかく今のままじゃダメなんだよな、と想う。どこかダメだったから、
結局は上手くすることができなかったのだと想う。

今のまんまでうあうあ言って、何かが落ちてくればいいな、って期待していては
何も、何も、何も起きないだろうと想う。
起きるわけがない。例え、仕事であろうと。

だから、一旦ここでお休みをして
次回作をご期待ください!って感じかなあ。
日々バージョンアップして帰ってきますよーん。


それはこれがUPされているころにはわかっているのかなあ。

うん。
(と思ったけど、もうUPしちゃってたわ。(笑))


そして、
陽の当たる坂道を昇る その前に

また何処かで 会えるといいな




と想う。

その時は笑って。





================



ということを言いたかったのね。


一旦お休み。

でも一旦お休み。



レベルあーっぷへ。






そう考えた今日
3/9。(本当はエイプリルフールに上げる予定だったのに)

タグ:食べるよ
posted by ゆっぽん at 12:00 | 東京 ☔ | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 はてなブックマーク - April Fool | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年03月16日

飴。

【飴】今週末に陸前高田にボランティア活動に加えて飴を持っていきます。そのためただいま飴を集めております。只今22袋預かる予定です。感謝。「受け取り→」16日(金)23時30分に高田馬場ロータリーでも受け取れます。ご連絡ください。しんちゃん(早大生)も受け取れます。

というわけで行ってきます!


命を大事に。
posted by ゆっぽん at 00:54 | 東京 ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | 寄り道 はてなブックマーク - 飴。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年03月14日

あっけ

命はあっけなくもろく奪われてしまうものだから


伺って迷惑になることだけはしたくない。

大丈夫かな。陸前高田を始めとする地域の皆様。50センチの津波って意外と高い気がする。


自分も、一緒に行く人も危険にさらさない。安全第一。


命を大事に帰ってくる。


それが責任。


迷惑になるならやめる。


それも責任。
posted by ゆっぽん at 19:28 | 東京 ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | 寄り道 はてなブックマーク - あっけ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年03月12日

undiscovered love

ついに海辺のカフカ(村上春樹氏!)に手を出す時がやって来ました。

もちろん今まで読んだことない本なんだけど、
なんかこう今まで知らない所(本)なんだけど、(春樹さんの本を数冊読んでいて)この人は合うなぁと思えている。だからこの先も知っていくことで多分好きになることがわかっている。

(ミスチルもそうだけど)そんな時、今まで知らなかった自分に感謝する。これからまだ未発見な好きな部分がたくさんあるから。

これからまだ未発見な好きな部分がたくさんある。ってとても「ふふふん♪」って感情(すまん言語化できてない)。
だって未発見なのに「好き」って知ってるんだもの。こんなに楽しいことはない。






人もそんな風であればいいなと思います。
そうしたら言うんです。「遅く出会ってくれてありがとう」と、ね。


遅く出会うのも悪くないね。


元気でてきた。


3/5のこと。
posted by ゆっぽん at 12:00 | 東京 ☁ | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 はてなブックマーク - undiscovered love | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年03月07日

これだけ

例えばそれは やり場のない怒り
例えばそれは こらえきれない悲しみ
飲み込んで 消化して 全部エネルギーに変えてしまおう
例えばそれは 愛する人との別れ
例えばそれは 突然訪れる天変地異
飲み込んで 消化して 全部筋肉に変えてしまおう
だから胃袋よ あぁ僕の胃袋よ
もっと強靭たれ もっと貪欲たれ
なんだって飲み込んで なんだって消化して
全部 エネルギーに変えてしまおう
だから胃袋よ あぁ僕の胃袋よ
もっと強靭たれ もっと貪欲たれ
なんだって飲み込んで なんだって消化して
全部 エネルギーに変えてしまおう

http://www.youtube.com/watch?v=W9cNCRAOuJw&feature=player_embedded
友とコーヒーと嘘と胃袋 Mr.Children


最近、好きな曲。



ミスチルを好きな、誰かと一緒に良さをわかり合えたら嬉しい。
posted by ゆっぽん at 00:18 | 東京 ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | 寄り道 はてなブックマーク - これだけ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年03月04日

今だけ

といって

見てくれる

少なからず
第三者の存在を意識した。


今だけなのは当たり前

大事なのは

俺が




どう思って


何を感じてるか


なんだよ!


誰に気を遣うな!


苦しいなら苦しいだし

楽しいなら楽しいだ


生きたいと言えぇ!!!


くそったれ!!
posted by ゆっぽん at 00:10 | 東京 ☁ | Comment(0) | TrackBack(0) | 寄り道 はてなブックマーク - 今だけ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年03月03日

助けられ


ひとりで

わーっと喋りたくても


あーって叫びたくても


ひとりだとしたら


どうしたらいい。



と思った矢先


聞いてた音楽の歌詞に


は、と勇気づけられる。


そゆー風にバランスとれてるの?

助けられてるのかな。




今は今だけは、そこしかない。

一回だけ。


苦しい。



なんで苦しいかよくわかってない。


余裕がなくなった?


多分本当に今の今だけ。


強靭たれ、貪欲であれ、胃袋。
posted by ゆっぽん at 23:10 | 東京 ☁ | Comment(0) | TrackBack(0) | 寄り道 はてなブックマーク - 助けられ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

いま

わかってる


どうなるのか


きっとすべてが


無情にどうにかなってしまうこと


だから今は


これを感じていたいし


感じるのがとても人間らしいと思う。


だから


これでいいのです。



ひとこと
あー、本買いまくったー!
………これも…投資!(って言い聞かせる(笑))
posted by ゆっぽん at 18:07 | 東京 ☁ | Comment(0) | TrackBack(0) | 寄り道 はてなブックマーク - いま | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年03月01日

dream

誰も私のことなんか気にしちゃいない。

話はそれから。


受け入れやすく言えば、私だけじゃなく

誰も他人はどうだっていいのだし、みんな自分に精一杯なのだ。


話はそこから。


だから「〜のため」って意識がこうも美しいし、憧れるし、そう生きたいと思う。










わかってきた。

先が見えないのは「知らない」からだ。

中学高校で将来が"全く"描けなかったのは、働くってことおよび生き方を知らなかったから。

知らないと夢もみれない、希望も持てない。


そのものを「見たり」「聞いたり」知ることで世界への見方はきっと変わる。








働きながら思った。

多分今の僕じゃあ
<圧倒的に経験が少ない>、つまり焦っている。


先を見なよ。と言われた。

それが今のモチベーションに繋がるから。と。

先で独立するなり、そのために力をつけるなり。

そういう生き方だってある。と。


そういう生き方を知れて、おおぉ、って思えた。

まずはしっかり愚直にやっていくこと。

知れば、光が見える。

相変わらず、知らないことが多すぎる。


大企業とか研修とかしっかりしてて、俺がやっていることなんて
例えばみんな3ヶ月でできるようになるのかな、なんて思ったりする。

でも、答えのあるものを教えられるより、
どうやったら答えが出るだろうとうんうん悩みながら答えを出している
今のやり方とはきっと得られるものが違うのだろうなと強がりを思ってみてる。

もちろんまだまだできないことはある。

でも感覚的な話だけど、わかるようになってきたものもある。
いい、とか、わるい、とかの感覚。


そして、自分のプライベートを仕事にちょっと加えると
そこでの伸びって大きい気がする。
プライベートな時間を使う分だけ、目的意識持つし
効率的にやろうって思える。

それで結果何かにつながったり、良いものができれば
「してやったり感」が大きいし。(笑)


最近はそうやって生きています。

別にはっきりすべてを区別しなくてもいーかなーと。
まだまだ若いし。


という感じでね
誰かに、ばーっ!って喋りたい気分。でも話すとなると思考停止になるのが最近。

とりあえずリハビリ相手が欲しい(笑)

昔はもうちょっとちゃんと喋れたかなぁ。




ひとり家で、ぶつぶつ言ってようかしら。とりあえず声に出すのが大事だしね(笑)
英語の教材もってきて、発音してるのもいいなー。

展示会に向けて英語の練習ってのもモチベーションになりそうだしね。




でもま、きっと今食べ物を口に入れている最中で噛みながらもごもご言っている状態
だから喋れないのだと思う。
喉を通ってなくて、お腹にいってなくて、消化吸収なんてまた先の先。

今は口に含むだけで、もごもご。

もちろんアウトプットしないといけないんだが。

ふーって喋れる(言葉になる)のはいつの日か。


ともかく、いっぱい噛みたい。


今日、頭で延々リピート。いい曲。
posted by ゆっぽん at 22:47 | 東京 ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 はてなブックマーク - dream | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ぼとむ

自分の最低具合がわかりはじめてきた。


でももうないね。


それもわかってきた。


一瞬にして通り抜けた。


経験。

比較的短く。

掴む。
posted by ゆっぽん at 01:17 | 東京 ☁ | Comment(0) | TrackBack(0) | 寄り道 はてなブックマーク - ぼとむ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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