2012年12月30日

give it time

you can't hurry love, no you just hove to wait.
Love don't come easy it's game of give and take.

no matter how long it takes.

こういう曲が流行ったのは、リズムもベースも声もそうだけど
一種の真理があると思うからだよなぁ。

Trust, no matter how long it takes.

posted by ゆっぽん at 11:02 | 東京 🌁 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 はてなブックマーク - give it time | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年12月29日

difference

おっと、最後と言っていたのに
考えてたことがまた1個掘りでてきました。

ごめんなさいね。

少々お付き合いください。(笑)





人は、人と人が子細に違うというということをとかく忘れがちである。







私最近、人と人との些細な違いが面白くて、よく聞くんだけども

人がなにかを表現することって、少なからずほとんど人それぞれ違うと思う。

なぜその表現が出てきたのか、なんて絶対違う。
その人特有の過去から発せられたものだったり
その人の環境がそうさせたものだったり。


例を挙げましょう。


北海道行ってきた!楽しかった!という人を見て、

あぁ楽しかったんだねぇ(もわもわもわ)
と、想像して終わってしまうことがよくあるということ。

何が楽しかったのか、どう楽しかったのか、どんな心持ちだったのか
とかそういうことを聞いていくと、全然自分が考えていた「楽しさ」のニュアンスと
意味が違っていたりして、面白いということ。


今日着てた服が、なんでそれを選んだのか
どういう気分で、どう見せたいと思って、その服にはどんな過去があって、選んだのか
そういうとこまで突っ込んでいくと(誰しもに突っ込むわけではない)
その人の過去の情報がわかったり、考え方の起源がわかって楽しいということ。


(でもね、そこまで聞くのもちょっと恥ずかしい場合もあるのですがね!)


とかく、そういう、細かなニュアンスの違いって絶対存在しているはずなんだけど
そういうのを、そういう差を確認せずに
自分が勝手に咀嚼して相手を補完してしまうことが、世の中には多いなぁと思う。


っていうのを、特に偉い人とか有名な人にしてしまいがちで
いや、この人はこんな風に考えているだろうな・・・とか

いや、それだけじゃなく、好きな人へもそうかもしれない
(近寄りたくても)近寄りがたい人には
こんなこと思ってるだろうな・・・とか

勝手に決めつけてしまうことが多い。
(もしくは、勝手にイメージ像を膨らませすぎて、結局うまく行かないなんてのもよくある話)

そうじゃなくて、先入観も、イメージも、なしでゼロで
(いいんだよ、別に人のことなんて、人の環境なんて、人の立場なんて、他人が何も言わずに気持ちがわかるわけがないのだから)
よく知っている言葉でも
「それをどういう意味で使っているのか?」という視点はとても大事で
何かをちゃんと知ることだったり、深掘りしたり、面白くしたりするときには大事なことなんだなぁと。



人って本当に子細に違うんですよ。


同じ言葉発してても、ニュアンスが微妙に異なる。


そのニュアンスは、イントネーションに現れるかもしれない、声量に現れるかもしれない、顔に現れるかもしれない、仕草に現れるかもしれない、服に現れるかもしれない、間に現れるかもしれない、
いや、それらすべてに恐らく現れているのでしょう。


そういう情報量はやはり、会って話す>電話で話す>文字で話す

だと思うんだよね。
会ってる情報量というのは、すごくいっぱいである。


(そう思うとやっぱり会うというものもいいなぁと思える。
その人から発するメッセージを全身でこれでもかっ!って受けられるんですもの。)


話が逸れてしまいましたが、つまりそういうこと。

人と人って本当に異なるから、その異なりが
自分と違くて、相手には相手の論理が(ある場合も)あって、
そういうのを聞いているのが面白いのです、最近。


この人はどういう価値観なんだろうか、とか。
僕はこう思っているけど、違うかな?とか。


ひとつひとつのすり合わせの作業はとても楽しい。
それが人間と人間の関係の醍醐味の一つかもしれぬ。



というお話。




2012年はちゃんとした更新はこれで最後になるかもしれません。
1年間温かく見守ってくださり、ありがとうございました。

また2013年も、厄年は終えましたので(笑)
blogで思いつくままに、書いていきたいと思います。
どうかまたフラと立ち寄り、フラとコメントを残してくださったり
何気に見てるよ・・・!!とか言っていただけると私が喜びます(笑)

それでは、良いお年をお過ごしください。

私は世界遺産白川郷にて年を迎える予定です。今年はね。
囲炉裏を囲んでね。

ではでは。また。
posted by ゆっぽん at 23:51 | 東京 ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 はてなブックマーク - difference | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

メモ2


抱かれた子供は 朝青龍みたいな顔して
愛情たっぷりの胸で眠りに精を出す
posted by ゆっぽん at 20:32 | 東京 ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | 寄り道 はてなブックマーク - メモ2 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

メモ


どこかで聴いたことあるメロディ
なんだっけな、どうだっけかな
この先の音を知ってる




些細な兆しが僕らに これでいいって 示してるよう
会うときはいつも晴れだとか
会えないときは決まって雨だとか
細かなメッセージに意味があるように思える
知ってる そういうのを盲目というんだ
posted by ゆっぽん at 11:13 | 東京 ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | 寄り道 はてなブックマーク - メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年12月28日

wow war tonight

考えたこと3。
こちらで最後になります。


先日、大学の先輩のLIVEがありまして。

といっても音楽で活動されている方ではないのだけど。
小さいハコで、詩を読んだり、歌を歌ったり、ギターを弾いたり、私達も歌ったり。

作曲も作詞もされていたのだけど。

なんだかそういうふうに、作曲とか作詞とかで表現できるっていいなぁって思います。
例えば踊れます、って言っても、それって披露するとこないし、
いやそもそも曲に付随するダンスは曲ありきだから、曲が無いとなんだかな、だしね。

ダンスを踊ることよりも、作詞作曲のほうが自由で、表現で、解放されて、
楽しそうだなぁと思っている最近です。
きっと恥ずかしさも倍増なんだろうけどね(笑)


さて、そこでね、考えたことなんだけど。
その方って、普通にサラリーマンをやられている人ではなくて、まぁいろいろありそうな人なんだけど
でもその普通に働いてみてわかるけど、
普通に働いているっていうことは、社会的価値というかがあって、そういう世間体だか価値観に守られていると感じるよね。
それ故に、逸脱したことが、しにくかったりはするのだけど。

だから、そうじゃなく、こうやって、
歌を歌ってみるだとか
詩を書いてみるだとか
何かを表現するだとか

そういうことって
そういうことを自分の人生の中に組み込んでいくっていうことって
本当に何も後ろ盾(わかりやすくいうと安定とか成功する保証とか)がなくて
すごく怖いことだと思うのね。

(いやまぁ、別に週末バンドマンでしっかりできちゃう人も中にはいらっしゃるとは思いますが。。。)


そこで考えるわけですよ。



私が好きな




「逆」を。
(逆に物事を捉えるのが結構好きなのです私。)



(いやいや、それがすごいのどうの、で終わらしちゃ、私はその舞台(ステージ)に立てないぞ、と。)



そこで、「でも、それが普通だったんじゃないかと。」



つまり、


「本当に何も後ろ盾(わかりやすくいうと安定とか成功する保証とか)がなく」



っていうのがデフォルトなんじゃないのか・・・?って考えだしたのです。

私も仕事で今、暗中模索中ですけど。だからこそ感じることもあるし。
(あ、今度仕事のことも書きますね)


じゃあ、今までがおかしかったんでしょうと。


もともと


もともとよ


この世に答えなんてなくて、いつだって明日はどうなるかわからないんじゃないかって。


例えば大学生まで、学生の頃ってそういうことを考えることもなくて、
気づかずに安心の明日がいつもやってきてた。
だからそういう今までが特殊だったんだと思う。

明日なんてわからないのが普通だし、答えはわからなくても、自分の答えをその時その時出して生きていく。

多分それが、大人の、社会人の生き方なんだと思うのよね。
(それには芯が必要なのだけどね。判断基準となる。)

それでいいんじゃないか。

いや、そうやって生きていくものだと思うのだ。


就活のころぐらいから薄々気づいていたのだけどね・・・。
ここにきて、価値観というか、人生観が、すちゃ、って何かにセットされたような。
そういう意味で、あぁやっぱりそうやって生きていくのが人生だ・・・と確信したのです。

その時に答えを出すの。


その時その時。


「じゃーんけーん!」


ってアナウンスがあったら


「ポイ!」



って手を出すの。
出さなきゃいけないの。


そういうことだと思う。


もしくはアナウンスがなくても



「じゃーんけーん!」


って自分から言っていくのさ。



「ポイッ!」



ってね。

勝つことも、負けることも、あいこになることもあるだろうけどさ。

この感覚がわからず、じゃんけんをしてこなかった人たち。
グーにはパーが勝つと思い込んでいる人たちとは、度量が変わってくると思う。
(あくまで私の感覚ですけど)

その追い込まれた時の、本気さというか余裕というか、場慣れというか、
そういうもので、そうじゃない人たちと絶対的な差がつくと思うのよね。

例えば、非常事態の時だって、震災だって、
(あれが起きてから、本当に何起きたって不思議じゃない感がありますよね)
のっぴきならない状況で、じゃんけんできるか、していけるかって話ですよ。



僕はそういう状況下でも、「ポイッ!」
って出していける大人でありたい。


そういう時に、役に立つというか、輝ける人でありたいのです。


だからやっぱりそういうのが私の価値基準になるなぁと。


人生の生き方が、すちゃっとしたところで、
さぁ次は、中身の話なんですけどね。





(私は、考え方とか、外側を埋めるのが好きみたい(笑))






ずーっと、こんな、なんかきれいごとばっかり言ってないで(綺麗事を言い続けることも大事だけど)
実力の伴なう大人になりたいものです。





作詞作曲したいなぁ。ギターぽろろん〜。
posted by ゆっぽん at 23:17 | 東京 ☔ | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 はてなブックマーク - wow war tonight | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年12月27日

grown-up

私は、「成長」という言葉があんまり好きではない。

よく、成長するために、とか
成長がどうのとか
言うのだけど、それっていったい何を指しているのか謎だから。

そして、成長だけが人生じゃないし、成長しなくたって、いいものはいいし。
なんやかんや理由をつけずとも、良いから良いんだよ!って言って進んでいきたい。


そして、最近なぜか、動物園に行く機会に恵まれて(なんででしょうね(笑))、

動物なんかはよく「成長」ってくくられることが多い。
(そもそも、その名前がなんでついてんの?とかいろいろ妄想してしまってそれはそれで楽しいけどね)

なんかふと疑問に思うことが多い。
動物って、例えば、ペンギンの毛が黒と白なのも
水面から見れば黒は水面と同化するし、水の中からみれば白は空と同化する。・・・
ってことでそんな色になった・・・。


とはいっているのだけど。


本当なの?と毎回思ってしまう。
その因果関係って果たしてちゃんと導き出せるんだろうか・・・。

そして、なんで(それ以外にもペンギン以外にもそんなような理由でなんだかんだある動物はたくさんいるけども)
じゃあ、なんで、その環境から抜け出すことをしなかったのか、が疑問なんだよね。
毛の色をがんばるくらいなら、空飛んじゃえば良かったじゃん、とか
陸に上がっちゃえばよかったじゃん、とか、
じゃあ天敵に襲われないくらいもっと身体大きくすればよかったじゃんとか。


他にいくらでも道があったはずなのに、なんでそれがそれであるべきだったかのように
それらしくしちゃうかなぁと。

まぁでもね、
本当にその進化説が正しかったとすると、

動物は環境から抜け出すことよりも、そこに順応しようとすることを選びやすい

のかな、と思う。
(こっから社会へのメタファーも帯びてくる)


また、そう考えると
いわゆる、成長とか進化とか、というのは
「ある一定の環境の中での自己の変化」でしかないわけ。

シロクマにいくら寒さを凌げる厚い毛が生えるようになったって
暖かい空をチュンチュン飛ぶスズメにはなんの関係もない話。

スズメにも厚い毛があったなら、それは重くて重くて飛ぶのにやっかいだろう。
逆もまたそうだ。

シロクマにとっての進化や成長は、スズメにとっちゃあなんの意味もない。

だから、成長とか進化とか、というのは
「ある一定の環境の中での自己の変化」でしかないと思う。
成長した?と聞くよりもなにか変わった?って聞いたほうがしっくりくる、と。

それくらい、人も違う環境の中で生きているのだから、
誰それが、何やった!とか誰それが素晴らしいとか、卑下に感じる必要はなくて。
そこにいる環境で何かが変わった、それだけのこと。

(ある一定レベルを越せば、それがまた普遍の変化になるかもしれないけどさ)
(まぁ変化それ自体は好ましいことではあるとは思うけども)





そういう、御託を並べてないで
それがじゃあ一体なんの役に立つの?とか
それやってて意味あんのかよ?とか
成長につながんのかよ?とか




そーゆーのはどうでもいいから、良いからいいんだよ、だぁほ!!

いいものは良いし、いやなものは嫌だ!!って


いう世の中になっちゃえばいいな、って思ってます(笑)


(それでもつい、相手に理由や考えを求めてしまうのだけどね・・・。(笑))


ペンギン「うるせぇよ!黒と白で毛の色分かれてたほうがなんかかっこいいじゃねぇか!!」
ってね。実はそう思ってるんじゃないかな。ペンギンも。


そうだったらいいなぁ。


ふい、最近考えたこと。

posted by ゆっぽん at 00:05 | 東京 ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 はてなブックマーク - grown-up | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年12月25日

年賀状送りますよ…!

はい!

年賀状書き書きしておりますが


もし万が一、当ブログ読者の方で
私の年賀状が欲しいという
(おかしい趣向の持ち主の)方がいらっしゃれば


ご連絡ください!送ります(笑)

左のアドレスよりご連絡ください。


大事なこと
素性を明かしていただけると大変私が安心します。
私の住所は明かさない方向で考えています。

素性がわかる方であれば普通に出しますが!(笑)


ではでは

受け付けは30日までにしましょう。



メリークリスマス!!
posted by ゆっぽん at 19:13 | 東京 ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | 寄り道 はてなブックマーク - 年賀状送りますよ…! | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年12月24日

守破離

さてさて、ここ最近で考えたことをひとつずつ吐き出していこうと思う。


畢竟、自分と同じような環境とか経験とかをした人でないと
その感覚とかわからなかったり共感できないことって多いと思う。


例えて言うなら、失恋したことのない人に
振られた友人の気持ちがわかるのかよ?ってこと。


たとえが恋愛のことになってしまって、わかりにくくなってしまったけど。
結局は、そこの環境と感覚を肌で感じてわかっている人じゃないと
そこにいる人達の機微とか感覚をわかることは難しいのではないかと思う。

そういう意味では例えば、地元のしきたりだったり
風習だったり、物の考え方だったり、というのはそこで育った人の方が確実に強い。
(例えば、京都なんかがそういった傾向が強いみたいだけど・・・。嫁ぐのは大変だそうなのでよしたほうが良いとか・・・(笑)あくまで聞いた話ですが)


何に、応用して言いたいかというと、
例えば貧困の国だとかいっているところからは、解決策って(究極的に、で乱暴な言い方かもしれないけど)
(機会の平等と言うよりも)子供を何人か引きぬいて、勉強をうんとしっかりさせることで
その貧困とかに対する考えを充分深めて、変えていこうと思える人材を作ることじゃないかと思う。

そこにいる人に、世界の幅と可能性をきちんと示すこと。
希望を教えることだと思う。
それは外部的な援助ではなく、たった一人を育てることによって、そこの地域全体が希望を持てるように。
あ、隣の家の○○くんが、ハーバード行ったらしい。とか。
(まぁ人材がそのとおり育っていくのか・・・とかというところで疑問もありますが)

でも結局、その場から、トップを育てて引っ張っていく人材をつくることがChangeまでに
大事なことだと思う。
もちろん、じゃあ周りの援助はいらないかというとそうではなくて。
どこの道を行けばいいか、どんなことを勉強すればいいか、ディレクションの役目を担えばいい。



(日本は全然そういう環境下にはいると思うのだけど・・・)


んー、って考えたら、ダメね。

うまくまとまってませんでした(笑)

論理的じゃあなくなっちゃうなぁ。



でもともかく、同じような環境とかそこの土地柄とか機微を知っている人じゃないと
そこの世界を変えていくってことは無理だと思うのね。


あ、「守破離」かもしれないね。

勘三郎さんのエピソード
「型のある人が型を破ることを型破りといい、型のない人が型を破ることを型無しという」

そこに通ずるのかもしれない。
まずその型を知ること。そこからイノベーションが起こされる。



そう考えてた最近。
一回型にはまってみんと。





posted by ゆっぽん at 23:09 | 東京 ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | 寄り道 はてなブックマーク - 守破離 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年12月21日

昨日言おうとしたこと

もうひとりきりじゃ飛べない君が僕を軽くしてるから。

なにひとつの不自由もなく過ごしてたのに今や君のいない世界を想像して怯えるよ。

愛すべきたくさんの人達が僕を臆病者に変えてしまった。


…そういう感覚というよりも、
そういうものってパズルのピースみたいなもので、カチって、はまってその1ピースで完成しました私。




ってイメージ。




今まで、そういう相手のことをゴルフのカップに例えて考えてたけど、

そうでもない気がしてきたな。最近はパズルのピース説ですわ。



ヒトコト:地球が滅びるとしたら中から山からだろう。
posted by ゆっぽん at 08:43 | 東京 ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | 寄り道 はてなブックマーク - 昨日言おうとしたこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年12月20日

Twitterのツブヤキが全DLできるとか。

Twitterの過去のツブヤキがDL可能になるのは本当に胸熱。

一番最初は、大学2年の冬とかそんなもんじゃなかろうか。ひゃーみたい。

blogとかツブヤキとか完全にメモ過ぎて、自分の生きた証、考えた証ってだけで、
人に見せられるようなものではないのだけど、
構造とかも考えてないし、見られることをあんまり意識してなく、
意識してないからこそ、わかりにくさ100%と素100%である。



(ごめんなさいね)





まぁでも、たまに見てほしいなぁとも思ったり、薦められるようなもんじゃないけど、
たまに(もの)好きだったら見てくれたらあざす。って感じ。うふふ。


みてくださる方はいるのか・・・!!




私のツブヤキが欲しかったら言ってくださいね。
(さすがに全く需要がないだろうけども・・・(笑))



ではでは正式DLできる日を楽しみに。


今日もありがとうございます。


posted by ゆっぽん at 23:23 | 東京 ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | 寄り道 はてなブックマーク - Twitterのツブヤキが全DLできるとか。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

笑って食べる

人生のフルコースを深く味わうためのいくつものスパイスが誰にも用意されていて、
時には苦かったり渋く思うこともあるだろう。



そして最後のデザートを笑って食べる君のそばに僕は居たい。
posted by ゆっぽん at 08:59 | 東京 ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | 寄り道 はてなブックマーク - 笑って食べる | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ヨウソロ

悔やんだって後の祭り
もう昨日に手を振ろう。

風を読んでデカイ帆をはれー!

ちょっと待ってと言われたって
どっち行くんだと問われたって。

12月にこれ聞くと、いや、今
なんか思い出すなぁ。

苦しい悩んだ嫌な記憶じゃなく

楽しく幸せな記憶として。



肌が温度を

気温を覚えているんでしょう。


ヨウソロ!




posted by ゆっぽん at 00:24 | 東京 ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | 寄り道 はてなブックマーク - ヨウソロ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年12月19日

特別感。

誕生日もそうだけど


今のところクリスマスも



普通に過ぎてく感がはんぱない。


今年は。


特別感がなくて、わぁわぁと騒ぎ立てることもなく。
(ネタとして面白がることはあれど)

普通に、幸せをなんとなく感じて

あぁそうか今日は誕生日か。


というのは


あ、今日はいい風が吹いてるな。


と言ってるのと同じような感覚。


今年は厄年ってこともあって
(本当は関係ないのかも知れないけど)

結構、底に近いような年だった。

同時に何かの転換期だったのかもしれない。

いえ、なのかもしれない。


新しいスタートだなんて意識したことはないけれど


無根拠に、24歳ならびに2013年は厄年から脱却。
すると思います。


ひとつひとつを
目の前を

大事に大事に拾っていく。
posted by ゆっぽん at 23:52 | 東京 ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | 寄り道 はてなブックマーク - 特別感。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年12月18日

変わらずに変わること。

ちょっと見ない間に微妙に変わってる人でありたい。

ちょっと言葉遣いが適切になってたり、ちょっとそれが板についていたり、
ちょっと説明するのがうまくなってたり、ちょっと表現がわかりやすくなってたり、
ちょっとツッコミ、ちょっとボケがうまくなってたり、
ちょっと真面目な話がちょっと深くできるようになってたり。





って今日想いました。
posted by ゆっぽん at 22:27 | 東京 ☁ | Comment(0) | TrackBack(0) | 寄り道 はてなブックマーク - 変わらずに変わること。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年12月17日

投票率が低いんだぁな

と、いって、選挙のこともちょいちょい言いつつ、
いろんなことを書いていく次第でございます。

そろそろ仕事の方も更新したい。

すぱぱぱぱぱー!って30分くらいで書くのが目標なのだ。

とはいえ、メモ的にTwitterに書いていたりもするからね。
そこからタネをもらって、水をあげるだけなのですが。


昨日の話。

朝10時頃。投票所に来られていたのは、中高年の方々。
そこで。

はい、みんな。全員×。
にしても確かにあの投票用紙の鉛筆の吸いつきの良さは異常。
と(思ったこと。)
たぶんちきりん氏のブログにやられただけだと思う・・・。

国民審査と一票の格差

それが江川紹子さん

最高裁裁判官の国民審査をどうする?

はてさて。

ってかネット投票はまだちょっと実現しにくいかもしれんが、
せめて投票所の事務処理はPC使ったらどうなのかしら…。ページめくったり大変そうだし、
処理時間かかるし、後の集計だってしにくいでしょ…?
受付の方は「こういうの好きなんですー」ってやる気まんまんだったが…。

自分が1票入れても何も変わらないから…って(とりあえず)言う人は、
「特別あなたに100票分プレゼント☆」ってなったら投票行くのかな。行かないよな。

…結局、上記理由とは別に実理由がある気がするね。
都合の良い理由ってだけだ。
バンドで言う「音楽性の違い」
で離婚で言う「価値観の相違」。

言いやすい言葉なんだ。
言いやすい言葉ってことは何も考えちゃいないってことだ。

「1票入れても何も変わらないから」


だったら、めんどうなので行きません。で十分なんだよなぁ。
人(自分含む)に説明しづらいってだけで、理由を探しすぎなんだよな。
マスコミもなにもかも。
とは言え街頭インタビューされたみなさんも、「面倒くさいから行きません!」とか面と向かって言えないだろうしね・・・。

とはいえ世の中の8割くらいはなんとなくで世界が動いてる気がするのに。

だとすると
政治に無関心!ってか


単純に選挙がつまんないからだろう。と思う。


いつもは上手く煽るのに選挙行動させようとする力はない。
マスコミュニケーションも難しい。

投票後。
んで、キリンのお面を購入。(全く意味わからないだろう?(笑))


そうしてたら、仕事の見学をちょっとさせてもらう予定で
そこに今や日本トップアイドルの振り付けをされている方と同席して飲むことに(ノンアルコール)
仕事のことなので詳しくは申し上げませんが(笑)

ひゃー溢れ出る大物感。

でもすごく良い人でした。
そこで出会った別の人もなぜかプロボウラーで、年末玉転がし大会(あ、ここ3年くらいやってるのです!良かったらぜひ参加しませんか?!高田馬場でやりますよ!)しませんか!って行ったら、空いてる!って来てくださるスケジュールになるという近年稀に見るわけのわからない展開(笑)

なぜか私もテレビの取材が入ってもしかしたら万が一、テレビに映るやもです。
カップル役で(笑)
金曜日辺りの朝に・・・めざちゃらテレビに。べ、別にカップルじゃないんだからね!(本当にそうだから哀しい・・・(笑))
ともかく何も明かせないのでここまでしか何も言えませんのですが。
あーこういう企画が盛り上がっていってくれればいいなぁ。

いろいろある1日でした…。色々って言葉は好きじゃないけどいろいろ。
共通して言えるのはみんな初対面なのにどなたも良い人しかいなかった。なにこれ。

あとはこれをつなげるのが私の役目ですね。

発火できるか。にゅーろん。

何も言えないから説明にすらなってない。
わけわからない(笑)

結果としてみなさんに言えるように
日々じわじわ取り組んでいきます。
詳しくは仕事の方に書きましょう。


そうすると、選挙の結果も出てきてね。


私の感覚としては、
(あんまり観てないから正確なこと言えんが)、ネットはもちろん、テレビでも、民主自民じゃなく、第三極だー!わっしょーい!って印象だった気がするんだけど…。


なんかもうマスとか広告とかリーチとかの話じゃない(そして政策の話でもない)気がしてくるね。
シーソーゲームをぎっこんばったんしてるだけなのか・・・?

人の認識、先入観、歴史、(はたまた見えざる何か)、へ立ち向かうのってそれほどにすごい困難なんだな。
ってことですよ、ネットぶーぶーの話じゃなく。きっと。

別にどこの政党がなんだかんだ!とか詳しくないし、感覚で選んでいる(でも間違っているとは思っちゃいない)から、自民が勝って日本があーだこーだ・・・とかは全くないんですけどね。

そのネットの声はどれほどなんだろうとか、みんな何考えているんだろうとか、テレビの影響とか
どれくらいなんだろうなぁと。
ここにも私たちの感覚と世論にキャズム(谷)があるんでしょうね。

うまくまとめもしないけどさ。(笑)

あ、ネットではかなり盛り上がっている感覚だったのね、みんな。
でも蓋を開ければ最低に近い投票率だって言うじゃない。

でもさ、「それでもネットで伝え続けるのを諦めません、ネットで伝え続けます」
ってなんか開き直られるのも違う気がするんだよね。
いやいや、それの結果出たじゃないっすか。。。みたいな。



だから、そもそも選挙がつまらないのだって。
単純にいいとか悪いとかの基準じゃなく、つまらないのだって。
別に格好良くないのだって。
別に選挙行ったからってモテないじゃないかぁぁぁぁ!
みたいな話ですよ。


面白くしていければいいなぁ。
お前参加すんなよ、って言われてもしちゃうくらいに。



ヒトコト:
世の中の全てはメタファー。で専門家が専門家たる所以は、世の中を全部自分の専門の言葉で説明できること。
だとふと感じている。
何かが正しかったり間違ってたりするわけじゃない。
それは○○の世界では○○と呼ばれていることで○○が○○なことを言うんだよ。って。
世の中の全てはメタファー。
物理学の宇宙とかエネルギーの話で語られるのが好きよ(笑)
生物学でも良いけどね。



フタコト:
これは本当に凄まじかった。この本も買って読もうかな。ともかくこの企画は胸アツでござる。
NHK_PRさんが ユルくなかった4日間 - ほぼ日刊イトイ新聞


ミコト:
突然ですが、金八先生の一番好きなセリフにてお別れです。
お父様は白いワイシャツを汚したくないからお母様に押し付けられ、お母様はきれいな手のひらを汚したくないから15歳の息子を泥の中に突き落として、お兄ちゃんを助けなさい、お兄ちゃんを助けなさいと頼んでばっかりおられる!親の嘘に付き合わされて、この子は1秒1分たりとも心の休まる暇がなかったんです!死んだお姉さんの悲しみまで背負わされて、この子は必死になって泥の中でもがいているんですよ!そりゃ、くたびれますよ。泥の中で、あなた方のために一生懸命笑顔でいい子の芝居をしてるんですよ!学校に来て荒れるの当たり前じゃないですか!

心配するな。心配すんな、健次郎…な。この子は本当に健気な優しい子です。学校にやって来て、ただの一度も親の悪口を言ったことがありません。勉強のできる、いや、勉強しかできない長男坊を育てられて、期待されて、その長男坊が壊れたんで、今度は弟。一体、15歳の少年にいつまで親が甘えてるんですか!あなた方はこの子に愛情をかけておられるつもりかもしれませんがね、この子にあなた方は泥水を浴びせてるんですよ!この子はその泥水が冷たくて重たくて堪らんのですよ!
一つだけお願いがあります。泥にまみれた子ですが、健気ないい子です。どうぞ、愛してやって下さい。愛してやって下さい!間違ってるかもしれませんが、この子はただの一度もあなた方に愛されたことがないんじゃないですか!
親なら親らしいことを子供にやってやれ!子供に守られてんのがわかんねーのか親のくせに、バカヤロー!負けるな健次郎、負けるな!






セリフ見て、金八先生を想像するだけで泣けてくる。
おやすみ!

すごい、読みにくくて訳の分からないエントリーですみません!

製本したらきちんとします(笑)
ブログを本にしようー。
posted by ゆっぽん at 23:47 | 東京 ☔ | Comment(0) | TrackBack(0) | 寄り道 はてなブックマーク - 投票率が低いんだぁな | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年12月15日

踊るなとは言わない。

なんつーか、前に進めよ。って思う。

いつまでも昔に楽しかったことを掘り返して喜んで、あるいは昔に固執して。


そゆことばかりだと歳だけ重ねて顔だけおっさんになる。


そして前に進めてくれる人についていって前に進んだ気になる。


なんにも進んじゃいないぞ。

お前が進めって話だ。
posted by ゆっぽん at 21:44 | 東京 ☁ | Comment(0) | TrackBack(0) | 寄り道 はてなブックマーク - 踊るなとは言わない。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

風邪

風でござるよ。

循環させることが早く治す秘訣だと思う。


と、心配してもらいたいので書いてみる。

寝ます。なう。
posted by ゆっぽん at 20:46 | 東京 ☁ | Comment(0) | TrackBack(0) | 寄り道 はてなブックマーク - 風邪 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年12月14日

「一応聞いてみますがケーキはありますか」

12月13日。生きることは死を意識すること。
何億年という過去から脈々と受け継がれてきた命。
そこのスケールからすればちっぽけだがかけがえのないそして大きなエネルギーをもった命。そ
してその終わりを意識したとき大切なもの、エネルギーの矛先が鮮明になる。誕生日おめでとう!俺!

と伊勢谷友介っぽく祝ってみたところでですね。

それなりのものアウトプットするならそれなりにインプットする必要があるなぁと。
本1冊読んだからって本1冊書けないでしょう。
まだまだインプットも足りないなぁと実感。
とかいってインプット過多になってもしょうがないんだけど、でも、どうせ私の人間的に
インプットが満たされないとちゃんとしたアウトプットが出てこないからまぁマイペースのハイペースで進もう。



さて、エコプロダクツの話。

エコプロダクツとは企業などの環境に対する活動をアピールするでっかい展示会。

まず、エコプロってなんで各企業あんなにお金をかけるんだろう??
(まぁ確かに受付のお姉さんたちがこころなしかみんな可愛いのは良いことなのですが。。。)


考えてみた

@BtoCならエコのイメージで商品も選ばれることもある。
飲料メーカーや食品メーカーが自然な原料や、地球にやさしいことやっているとブランド価値があがるから。

ABtoBでも大手は「エコ」にお金をかけられる。
一般消費者まで伝わることでやはり会社の価値が上がる。

Bエコプロは一般入場も可能。小中高の勉強の場としても活用されている。

C大手の(余っている)お金で環境活動ができてる。
会社がどうなってようがCSR部の人は環境に良いことやるのが仕事ですもの。

Dそりゃ手間と原料が減ればコストが下がる。
それをエコっていうんだったら、エコとはつまり新製品の発表会。

というのが主な考えたこと。

これ以上に、環境を主としたビジネスでやれるところってない気がする。
ただただ環境に良いのですよ!!だけでは、人ってやっぱり動かない。
原発が反対だと言われ、自然エネルギー!環境にいい!
とかっていうよりも、その原発みたいなリスクがないことがもっとも重要なわけで
火力発電だって、その資源が枯渇するってリスクが怖いだけであって
環境のためうんぬんかんぬんとは実際問題あまり関係がないように思える。
(とか言ったら環境に対する概念をひっくり返しちゃうのでこのへんで)

確かにCSR報告書とか、WEBとかには載せることいっぱい増えるだろうさ。
アンケートをやってもらって、これだけ認知が増えました!とか
(アンケートをもらったら、そのアンケートからどういう結果をこの人は言いたいんだろうか、とか、
どういう報告書作りたいんだろうか、何をこっちに知ってもらいたいんだろうか・・・とか考える。
と、勉強になりますね。)
言えるんだろうけどさ。

それでもエコプロにここまでお金かけるのは、不思議。
私が思っている以上にエコの商品選びたい人がわんさかいるとは思えないのだけど・・・。

結局CSR部を持っている所ってそれが仕事だから、
売上をどう回していくかって話になるわけで、それってなんか金魚のフンじゃないけどさ
なんか、しっくりこないんだよね。
かと言って、新商品はそりゃ性能が良くなるわけだからエコです!とか無理にでも言えちゃうわけで
じゃあそういう方向性でCSRとかつくらずに行けよ!って話なのかって思うとそれもなんか違うような。


ただ単にイメージを良くするためにあんなにお金使ってんのかなぁ
今年のエコプロこれでやりましょう!って会議はどんな風に通っているんだろう。

まぁ
環境CSRって結果が見えにくいのかなぁ(そこが最たる違和感かもしれんが。)
だからあんなにアンケートを書かせたがるのか。なんかもっといい評価方法ないかなー。

お金を稼げる部署じゃないし、評価も測定しにくいし、それが数字に結びついたのかどうかもわかりづらいし。

んー、なんか解せない・・・(笑)


でも、担当だったら面白いだろうね。
イメージだけど営業とか数字とかに追われず、なんか良いことを追求すればいいのだもの。
ちょっとみんながやってる仕事、とは一線を画するだろうね。


むぅ、なんかいろんな矛盾を孕んでエコとか
エコのビジネスは進んでいる気がしますね。


考えるの疲れたからこのへんで!
ばーい。


posted by ゆっぽん at 00:37 | 東京 ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | 寄り道 はてなブックマーク - 「一応聞いてみますがケーキはありますか」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年12月12日

364日


できるだけ人に優しく生きて


チャンスがあれば亡くなりたい。


どーせ亡くなるなら優しく生きる。
posted by ゆっぽん at 08:29 | 東京 ☀ | Comment(2) | TrackBack(0) | 寄り道 はてなブックマーク - 364日 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年12月10日

張りぼての命でも人を癒せるなら

張りぼてでもがんばっていきます。


imageに最近ハマったので探してみたらこれスゴイな。
この時の桜井さんすごいな、てかみんなすごいわ!カメラワークさえすごいわ。ぜひ!




<最近、姪が生まれたという話>
そして赤ちゃんと初対面…。なんつーか人間の神秘。生物の成り立ちを妄想して、これから色んな髪型を楽しむんだろうなぁと人間の成長としての妄想をする。確かに子供の世話してたら飽きない気がする。
もしや、子供が生まれると自分の人生の主役感が移り変わっていくように感じるかも。となると育て上げて20年後とか、子供が離れたらもうひと勝負…!てなれるかどうか怪しいな。育てた満足感と、そうまでしてこれ以上にやりたいことあるか?ってなりそう。体力というより、そんな野心あるか?って感じ。

そして孫ができた親の雰囲気が今までよりも優しくなるということに幸福よりも、「えっ…」とちょっと引いてしまうくらいにはクソ息子です。どうも。


<【選択の科学/シーナ・アイエンガー】を読んだ話>
選択の科学 [単行本] / シーナ・アイエンガー (著); 櫻井 祐子 (翻訳); 文藝春秋 (刊)

選択の科学、の一説。面白い。
−「自分の行動の背後にある意図は自分ではわかっているから自分の行動を正当と考える。でも人は、自分の見るものだけに反応するものだ。ちょうど、歌のリズムでテーブルを叩いて曲名をあててもらうゲームのようなものだ。自分の頭の中で歌が聞こえるから「ハッピーバスデートゥーユー」のリズムだということはだれにでもわかるはずだと決め込む。でもほかの人の耳にはただ「タン・タ・タン・タン・タン・タン」としか聞こえないため、米国国歌の出だしだと勘違いする人がいるのだ。」−

この例えがすごくわかりやすかった。
自分の行動は自分にしかわからないのだ。人にそれが何もせずに伝わるわけがない。(いやすごい気のつく人だったら多分分かる。)っていう前提で行動しなきゃ。ね。私がこんなにしてあげてるのに・・・!!は「伝えること」の怠惰かもしれないねぇ。

もいっちょ。

−市場価値があるものは、はかりに載せて比べるために、自分から切り離す、または手放すことができなくてはならない。わたしはこれを特定の意味で言っている。

つまり、値踏みする者は、値段をつける対象から距離を置かなければならない。
自分がその対象から離れている様子を思い描くことができなくてはならない
、ということだ。

(中略)
状況によっては、値踏みを求められること自体、不適切、いや無礼にさえ感じられることがある。
たとえばむかし、道徳の授業で、こんな問題を考えたことはないだろうか?
「あなたは救命ボートに妻、子供、祖母と乗っているが、誰か一人を海に投げ込まないと、ボートが沈んでしまう。」これはジレンマだ。なぜならこの問題は、家族という文脈の中で判断しなくてはならないからだ。普段であれば、家族と距離を置き、それをあたかも商品であるかのように値踏みすることなど、とても考えられない。われわれは、たしかにこのような判断を強いられることがある。なぜそれが、ストレスに満ちているかといえば、われわれが感情的な結びつきを持っているものに、比較可能な値打ちを割り当てたくないからにほかならない。


この説明によって、あぁ、自分が例えば恋人とかに、付き合うことと付き合わないことだったりを比較したり、AさんがいいかBさんがいいかとか考えることに嫌気がさすのはこういうことだったのかって理解。(笑)

比較できるような価値によって人と付き合いたくないものね。
ある程度の距離が必要であるが故にそういうことを拒むのだ。

だから友達の彼氏彼女だったら、いくらでも比較できるけどね(笑)


そう、私も昔書いてた!
比較可能な価値は、それ以上の価値あるものによって否定されてしまう可能性があるってことだから。
揺るがない絶対的な価値によって判断したいって。
特に自分の近しいものなら。

納得。
そしてやっぱりそうだよねぇとむふふ。

昔にも、誰と誰を比べるって話じゃないよ、と。
誰彼と比べてじゃなく、その人、その人、各々と一緒に居て楽しいのか、楽しくないのか、
一緒にいたいのか、いたくないのか、そういう価値基準でそれぞれを判断しなよって書いてた。
どうしてもというのなら、比べるのは自分の人生時間の価値との比較。


っていうね。ずしんときた、本でした。

今はティッピング・ポイントって本を読んでおります。
これも楽しそうですよん。
糸井さんが好きと言っていた本(中古でしかなかった)が面白くないわけがない。
読み始めてから面白くてにやってする。(と言っても小説とかじゃなく社会科学?的な本)。
そゆ本との出会いはほんとありがたい。



<つらいときの話>
楽しいことはいつまでも続かない想像つくのに、辛いことはこれがいつまでも続くんじゃないかって思えてしまうから不思議。


・・・でもおそらく人生はビスケットの缶。
「ビスケットの缶にいろんなビスケットがつまってて、好きなのとあまり好きじゃないのがあるでしょ?それで先に好きなのどんどん食べちゃうと、あとあまり好きじゃないのばっかり残るわよね。私、辛いことがあるといつもそう思うのよ。今これをやっとくとあとになって楽になるって。人生はビスケットの缶なんだって」
って緑さんも言ってたことですし。

そうやって生きていくのもありだよね。




<就活について>
ふと昼休みにマクド行きながら思ったが、マクドはスピードも接客も素晴らしい(もちろん例外もあるけど)けど、そこで働きたいとは1mmも思えないな。せかせかしててあわわわわわってなる。

そこで社会人になってみて個人的に働いてみたら楽しそうだな、って思う会社→ライフネット生命、JIN(メガネ)、Google、そしてオススメしたいのは、知られてないけど実は優良って中小全般。

そゆとこの調べ方は人に聞くとか、未上場企業の四季報とか、…ぐらいかなぁ。
知ってる先輩がいるなら、取引先で楽しそうなとこないですか?!って聞けばいいんじゃない?
自力でたどり着くには仕事を分解してその過程分それぞれ会社があると思えばいい、
けどそんな想像力は多分大学生には養われてないと思う。

結局、あの大手もこの大手もこの会社(工場)に頼んでるのか!とか、
あの広告はこの会社の案じゃなくて、あの代理店、イラストレーターがすごかったんだね、とか。
考えるってだけで成り立つ仕事があるくらいなんだし、
それをつなぐってだけでも仕事が存在するぐらいだからさ。

まぁこんなふうに。
役に立つかわからんが、社会人になって、気づいたこととかは
忘れないでアウトプットすることがある程度の責任。
いや、私の趣味と言ったほうが正しいか(笑)。


ということで。
ちょっといろいろ考えてみなさんしー。
何かあれば私にご相談でも(笑)


ではでは、今週ももがもがしますかねー。


ヒトコト:
あんまり聴いてこなかった曲を何かの誰かのきっかけで改めて聴くと、なんだ良い曲じゃないか、って思える。好きな要素がもとからあった曲だから好きなるのか好きな人が歌ってた曲だから好きになるのか。
ちょっと気になるところですね。


はい、さておき
イミテーションの木って曲の雰囲気が良いですね。
時間は残酷 もう魔法は解けてしまった 過去ばかりが綺麗に見える 現在がまた散らかっていく
ここのメロディがいい。
イミテーションの木を疲れた夕方に聴いたらなんか泣けてきそう。


1994年発売の5thシングル「innocent world」で同チャート初登場1位を獲得。同曲で第36回日本レコード大賞。桜井さん御年24歳と9ヶ月・・・よし、私も勝負の時。
posted by ゆっぽん at 22:55 | 東京 ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | 寄り道 はてなブックマーク - 張りぼての命でも人を癒せるなら | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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