2013年06月30日

ソーシャルデザインの本を読んで思うこと。

最近、ソーシャルデザインなんていう言葉がありますが
大きく言ってそういうことに興味があります。

グリーンズさんが出されている
日本をソーシャルデザインする、という本を読みました。

前作(ソーシャルデザイン)も読んだんですけど
個人的には前作のが良かった。
とはいえ今作はコンセプト自体が「日本は変わらないでしょ」に対する回答ということなので仕方ないかもしれないけど、話が大きすぎて、いち個人の読者からは離れた感じがした。そして日本の例(がほぼなんだけど)は、仕組みに重きを置いていて、そもそもの「それ面白いから、やっちゃうか」って視点が弱かった気がした。なんでもデザインを良くすれば!とかというよりもアイデアとキャッチーさ、本書で言えば、レモネードを売る子供のような、すごく身近な例の方が元気でたし、あぁやれるかも、と思えた。

と、感想を書いたのだけど、もうちょっと詳しく書いていきたい。

読み進めている時から、なんか前作のほうがワクワクしたよねぇと思いながら
読んでいたのだけど、あとがきを読んで、あ、そういうコンセプトなのか、だからワクワクしないのか、
と理解できた。

つまるところ
前作の反響として、「身近なところは変わっても、とはいっても日本は変わらないでしょ」
という反応があったらしい。
簡単にいえば
いえいえ、じゃあ日本の事例も出しますし、日本(という国)単位の話を載せましょう、
とそういうことだと思う。

ただ、それだけに、いや、本当は日本の事例なので近く感じないといけないのだけど
遠くに感じてしまった。




そもそも



「日本は変わらないでしょ?」って反応はおそらく「行動しない人」、
よく言えば評論家の意見にしか過ぎないと思う。
そういう人に「いや、変わりますよ、ほら見てください」といったところで、別にあんまり
何も変わらないような気がする。気がする。

私がイメージしている規模感って、いきなり日本を良くするために、世界を良くするために、
じゃなくて、まず目の前のことを、なんか楽しいアイデア(できればクリエイティブの力(例えばデザインとか)に頼らず)で解決できれば、それが日本にも世界にも広がるって感じだから。
別に日本が良くなるとか社会を良くするとかどうでもいい。
いや正確に言うと、もっとずっと遠い話なので、そこができるできないによって今の行動の判断の基準にはならない。そもそもどう影響してどんな風になるかなんて、最初から細かく設計できないんだから。


日本の事例を見ていると
「そーいうのが好きな人」しかやらないんじゃないの?と思えてならなかった。
デザインとか興味あって、社会問題の解決に興味があって
人とつながることが大好きで、まちづくりが好きで、・・・・とかそんな人

だからなんだか読んでて、蚊帳の外だ・・・としか思えなかったんだよね。

読んだ限りの感想で本当に足らない部分があると思うのだけど
読んだだけの感想を書きますね

例えば
島のことをもっと知ってもらうために
WEBサイトで情報を充実をさせる。
離島の新聞を作る。
島の人とも一緒に連携してつくる。

確かに実現して好評なのでしょうが
なんか、ハコだけ作ってどうにかしてる感を感じちゃうのは
私だけなんでしょうか。

それ、読むのかな。
人動くのかな。

なんていうか、私の好きなものはみんな好きでしょ
みたいな前提を感じてしまって。
あぁそっちでやってください、みたいな。

でも同じく本書にのっているものでも
海外の事例だけど、クリーニング屋のハンガーに広告を置いて
ハンガーと一緒にホームレスのためにいらないコートを寄付してください。

の方が、あぁ人、動くかもな・・・って思えるんだよね。
なんだろうこの違い。


日本と海外の違いなのか
紹介のされ方の違いなのか
私の先入観の問題なのか


松戸のまちづくりにしても。
クリエイティブな街をつくる、といっても
中の人達が盛り上がるほど、外との温度差が大きくなる感じがするのだ。

それは基本的に私が冷めた人間だからかもしれないけど。


なんか、そういうことじゃなくて、
響きのいい「クリエイティブ」とか「デザイン」に頼らないで
そもそものコンセプトがもっとはっきりなってたらいいのになぁと思う。
アイデアとしての力が弱いというか。

だったら、子供が「公園で遊びたいから!」ってガレージで始めたレモネード屋の
話のほうがよっぽど具体的で、理由もはっきりしてて、楽しそうで、自分でもやれそうかもって思えるよ。


まぁつまるとこ、自分の興味がそういうところなんだろうね。
・アイデアの力があるもの(新規性、意外性、でも腹にすっと落ちる感覚)
・身近なものを対象としていること

間接的にそういう(自分の興味が)発見ができたことは良いことだけど・・・。






最近は、週一は大学の図書館で過ごすことが多いのですが
NPO関係の本を見て、ソーシャルデザインともてはやされる前の

いろどり、ダイアログ・イン・ザ・ダーク、コモンビート、の事例を見て
面白いなぁとか、すごいなぁと感じていました。
(ピンとこない人は是非、上記の3ワード、ぐぐってみてください)

これも
・アイデアの力があるもの(新規性、意外性、でも腹にすっと落ちる感覚)
・身近なものを対象としていること

から外れていないと思います。

だから、私はそういうものに惹かれるのねって。

NPOとかで勝負も楽しそうだなとぼんやり思ったのでした。

圧倒的にインプットできる時間が少なく、短い人生のなかでやりくりしないといけないのだけど
今後もがんばってインプット重ねていきたいす、もちろん質の面に関しても。

スタートする準備をしなきゃスタートできないのは当たり前。
準備期間。



蛇足
例えば、スタート、というときに、責任が取れないだろうから
私の彼女とかは居ないんだろうなぁと思う。
一緒に、この人とだったら、共に飛び込んでも楽しそうだなって思えたら良いんだけど。さ。
そういう意味において、ひとりで生きていく覚悟もしている。




何事もちょっとずつ。

ソーシャルデザイン (アイデアインク) [単行本(ソフトカバー)] / グリーンズ (編集); 朝日出版社 (刊)


日本をソーシャルデザインする (idea ink(アイデアインク)) [単行本(ソフトカバー)] / グリーンズ (編集); 朝日出版社 (刊)
posted by ゆっぽん at 09:07 | 東京 🌁 | Comment(0) | TrackBack(0) | 寄り道 はてなブックマーク - ソーシャルデザインの本を読んで思うこと。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年06月24日

2位じゃダメなんですか。

挨拶:ドラえもんは自尊心を無くしそうなので、変えました。
というわけで、こちらに。


dodora.jpg


いつも慰められてます。


さて、今日ふと回答を思いついたことについて書く。

昔に、事業仕分けというもののなかで
「2位じゃダメなんでしょうか」って言葉があったじゃない。

私はあれを聞いて、「確かに・・・んー、でもダメなんじゃない?」ってなんとなく思うだけで、
明確な答えが出せずにいた。
結構あの言葉は衝撃で、うん、1位じゃなくてもいいんじゃね?って当時の自分は思ってた。

コメンテーターだって、明確な答えは出してなかったように思う。
(私が触れてなかっただけかもしれないけど)
「いや、1位目指さないと2位にもなれない」とか、「国の競争力が」とか
いまいちピンと来ないものばかりで
本質的に1位を目指す理由というものが見つかってないような気がした。


なんとなく、2位以下はだめじゃね・・・?みたいな。



その回答が今日ふと思いついたので、書いてみる。

まず、2位以下でいい場合。
これが存在すると思う。
簡単に言って、趣味だ

趣味なら2位以下でも17000位でも(このブログのように・・・ってこら)
大して別にどうってことない。
てゆうか気にならないし、気にする必要もない。
自己満足なのだから。
多分これが「2位じゃダメなんですか?」の意味だと思う。
単純に言うと、お前ら、趣味でやってんでしょそれ?みたいな。


でも、例えばこの場合は、
国益に関わる、技術開発に向かって言ってるんじゃ話が違う。
(ただ国益どうのこうの書いたけど詳しくはよくわからないけどイメージでモノ言います)
つまり、1位ということを戦略的に利用していく立場にあるときは、1位じゃなきゃダメだ。

1位であることは単なる手段であって、目的ではない。
1位を目指しているわけではない。
でも、もっと先の「自国に利益をもたらすため」には、1位じゃないといけない。
そういう理由だと思う。

どこかで言ってたが
君は日本で2番目に高い山を知ってるか、と。
つまりはそれに近い答えになる。

例えば、サッカーW杯なんかが開かれるけど、世界ランキングはいちいち気にされる。
世界ランク1位の国が参加しないW杯は成り立たないでしょ。面白くないでしょ。
コンテンツ力下がるでしょ、視聴率下がるでしょ、経済効果鈍るでしょ。

逆にサッカーやりたいな、って思ったら目指すトコどこよ?
どこの技術欲しいなって思うよ?
どこの研究しようかなって思うよ?
指導者呼びたいなって思ったらどこよ?
世界ランキング見て、1位のところにまずアプローチするでしょ。



整理しましょう。
1位であると、まず認知率がぐーんとあがる。
権威的存在になる。
すると発言力が増す。
そして、周りは求める、1位の力を。

日本の科学が1位になったら、科学を推進したい国は1位の日本に金を払って指導を求めるかもしれない。
1位以外に(お金がないとかは置いておいて)指導求めないでしょ。
1位の方が安心感あるでしょ。

そういうのが国益に繋がると思うんですよ。

それは、@コスメみたいな口コミサイトで1位をとることがどれほど重要かと同じように
世界市場において、◯◯が1位という看板を引っさげて、世界的プロモーションを行えるために重要なのだ。
1番売れてるお店と2番めに売れてるお店なら1番目まずチェックするでしょ。
食べログは1位から検索していくでしょ。

日本を世界に売り込むために1位じゃなきゃ説得力がない。ただそれだけのこと。

だから2位じゃだめなんですよ。


だってそれ、趣味じゃないでしょ。
趣味と混合して語らないように。


余談だけど
運動会だって、順位をつけるのが悪だとか言われてるかもしれないけど
これも目的によって分けるべきじゃないかな。

別にみんな仲良く、「趣味」でかけっこするなら何位でもいいわい。
でも、足速いって思われてモテたい!とかって思うなら、「手段として」1位じゃなきゃいけないわけだ。

1位じゃなきゃいけないのは、それを手段として使えるかどうかを考えたらいい。
あー長年もやもやしてたのがすっきり。(笑)

posted by ゆっぽん at 23:45 | 東京 ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | 仕事・アイデア はてなブックマーク - 2位じゃダメなんですか。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年06月23日

iPhoneのロック画面晒せ

というわけで、たまには思いっきり寄り道してみましょう。(笑)

iPhoneのロック画面。今日新しくしました。

ドラちゃん.jpg-large

毎回、画面をつけたら、あはは、ってなります。









ダメかな、自尊心なくすかな・・・(笑)





posted by ゆっぽん at 21:51 | 東京 ☔ | Comment(0) | TrackBack(0) | 寄り道 はてなブックマーク - iPhoneのロック画面晒せ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年06月20日

夢めも

年齢このままで小6をやり直す夢見た。楽しかった。小6が楽しいんじゃなくて、今いろいろ楽しめる地力がついたなかそんな状況になることが面白かった。
posted by ゆっぽん at 08:12 | 東京 ☔ | Comment(0) | TrackBack(0) | 寄り道 はてなブックマーク - 夢めも | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年06月16日

インプットの質ってものの存在

先に大まかな一言要点を書きますね。

・アウトプットの質はインプットに左右されている。
・インプットにも質の高い低いがある。

・インプットの高い例
 ・博報堂の人の話
 ・宮崎駿さんの話

・普段に置き換えてみること
 ・才能の正体はインプットか
 ・就活、先を考えてみるときの視点として

・インプットの質を高めるために
 ・見方を知る
 ・良い物を「きちんと」みる
終わり

以上のようなことを今から書きます。
時間がない人は上を読むだけでOKです。


さて、最近思うこと。

仕事があーだこーだ、絶賛お悩み中であることは変わらないのですが、
全然良いアウトプットが出せない出せない考えて、なんでだろう、って思ってると
やっぱりインプットが圧倒的に足らないのです。
デザインの力しかり、ディレクションしかり、フレームワークしかり、
そゆのが足りない、考え方が足らない、
逆に言えば、みんなはどうやってんだろう?って気になる、
これこそインプットを求めてることに違いないと思う。
何か(課題を含め)を創造する、解決する、何かを狙って、それを表現する、伝える、ことを考えたとき
何にもない0からスタートする、0から何かを生み出せることはない。
(アイデアは既存のアイデアの組み合わせなどよく言ったものです)

そう考えると、インプットをどれだけしてきたかが大事や・・・と思う。
アウトプットのためにはインプットをアウトプットよりも早くサイクルさせなくてはと思う。

でも、何か特別なインプットがあるのかというとどうやらそうでもないらしいことを最近思う。
本を何十冊読んだとか、辺鄙な街に行くだとか、そういうことじゃないらしい。
(正確に言うと、本を何十冊読むとかって段階もある種の手段として大事なのだと思うが、それとはまた違う次元の話があるのかもしれないという話。)

例をあげます。
1.博報堂の方の話
先日、博報堂の方や電通の方の講義を聞く機会があって、そこで上の考えに近いことに触れることがあった。
そのお二人はプランナーとかディレクター、プロデューサーとしてかなりすごい人なのだけど
どういう所で情報を集めてるんですか?との質問に
「本とかは全然読まないですねぇ」
「多分今年1冊くらいだと思いますよ」
と答えていた。
続けて
「でも本屋併設のカフェに行ったとき外を眺めていると、服装からこの道行く人が、どの女性雑誌(ananなのかJJなのかnon-noなのかviviなのかとか)を手に取るか大体わかってきました。この人が何を手に取るだろうかって、いつも自分の中で賭けをしてるんです(笑)」
と、話していて、ぎょえ・・!マジか・・・!と思ったものです。
もう一方は、
「たまたま珍しく1日休みの日があって、テレビを何気なくつけていたんですけど、見ているとこれが面白くて。面白い演出とか気づいたところをノートに書いていたら、1日でノート1冊終わっちゃいました」
と。マジすか。
ここらへんから、別に俺だって環境的には同じような時間の過ごし方をしているはずなのに・・・
ありゃこりゃインプットの質が違うな・・・って仮説が頭に浮かんだのです。
世界の見方が違うんだな、と。
世界が100でできているとしたら、いつもの私は2ぐらいしか吸収してないけど
この方たちは、50くらい吸収してる、とかそんなイメージ。

2.宮崎駿さんの言葉
先日、糸井重里さんの「はたらきたい展」に行った時に
(そこではいろんな人の「仕事」にまつわる言葉が書いてあるカードがあるのだけど)
鈴木敏夫さんが宮崎駿さんについて書いてあるカードがありそこにはこう書いてありました。

−(宮崎駿は)電車に乗っていても、たとえば、隣で女子高生がしゃべっていると、すぐに、指折り数えはじめるんです。何をしているのかというと、ひとつの単語、ひとつのセリフを「何秒でしゃべっているのか」計算しているんです。それによって、女子高生の言葉や「現代というもの」をつかまえるんです。あの人は、つねに「観察」しています。−

これを読んだとき、頭にあったインプットの質の違いの仮説が確信に変わりました。
質の高いアウトプットを出せる人は、インプット自体がものすごい高いレベルである。と。

そう考えると、
才能というものの正体はここにあるような気がするのです。
(もちろんそれができるくらいに「好きかどうか」もあるとは思いますが)
質の高いインプットができる分野こそが、才能のある場所なのではないかと思います。
例えば、料理を食べていても「これ○○使ってるのかな?」とか「どうやって作れるんだろう?」とか
考える人は料理の才能がもしかしたらあるのかもしれない。
サッカーをしていても「メッシってどうやって動いてんの?」と思ってひたすらメッシのビデオを見続ける少年や、ボールを蹴り続ける少年、そういうところに才能があるのかもしれない。

単純になんとなく好きとの違いは、きちんとしたインプットなのかどうかだと思う。
(ボールを蹴るのがただ好きな子は特にメッシの動き方なんて気にしない。ボールを蹴ることが楽しくて好きなのだから。)
(きちんとしたインプットが何かというと、自分の中で、疑問→仮説→実践があることかな・・・ここはまだ考え中だけども)

そうすると、だ。
就活を含めて、自分は何がやりたいんだろうとか
この先、どういうことしていこうとか考えたとき

「質の高いインプットを(知らずに)やっている分野」をオススメする。
それが一番、自分の価値を生み出せて、知らずに楽しく、効率的にできることだと思う。

恐らくほぼ「自分が考えていること」には、殆どの人が無関心であり、
それが自分しか考えてない特別なことだとは露ほども思っていない。
でも違う。
あなたとその隣にいる人は考えも着眼点も興味も違う。
全く違う、かどうかはわからないけど、少なくとも全く一緒ということはない。
ミリ単位では絶対にずれてる。
そのズレが、社会では価値になる。
あ、そんな見方があったの!って思わせることは、すなわち価値の提供でしょう。
逆を考えたらわかりやすい。そんなこともう知ってるよ、っていうことに価値はないでしょ?
ズレがあるということは、すなわち価値を提供できるということ。
これって生きていく上では相当な強みだと思うんす。

例えば、私は路地裏なんかが結構好きだけど、
路地裏の道幅と建物の高さの関係とか、色彩はどうだとか、もしそういうことをインプットしてたら
路地裏好きにちょっと違う価値を提供できうる。
もしかしたら、路地裏好きじゃない人も好きなってもらえるかもしれない。
単純に言えばそういう本を書いたら、路地裏好きには売れるかもしれない。
それは、つまりちょっと質の高い、質の違うインプットをしてるからこそできることなのだと思う。

それをどう見つけていくか、は、
単純に言うと、「え、なんでそんなこと考えてんの?」って言われたことがどこかになかったか
考えて、思い出してみること。
「こんなこと考えてるの俺ぐらいかな・・・」とかということをなんじゃろうかと考える。
さっきも言ったように本当に自分に対しては無自覚、無関心、だろうからその枠をとっぱらって
「今、私何考えてた?」って「思考」を捉えること。
そういうものを紐解いていけば、どこにおいて質の高いインプットができているか、
ちょっとはわかるかも知れない。と思う。
(僕も、どうにか頑張ろうとしてる、どうにか「思考」を捕まえて、実践に生かせないかと思ってる。)
(そもそもこんなこと考えてる事自体も何かに繋げられないかとも思う)

んじゃあ最後に
質の高いインプットはどうしたらできるのか、と考えときたい。
まず、見方を知ることだと思う。
それは、自分がまずアウトプットする立場になってみるのもいいかもしれない。
本を書こうと思ったら、え、表紙ってどういうの?とかイラストってどう入ってるの?とか
文章ってどう構成するの?とか色んな事が足りてないことがわかったりもする。
博報堂の人のような感じで、先駆者の話を聞くのも良いかもしれない。
すごいと思う人は何をどう考えているのか、それに近づくことでその思考にも近づけるかもしれない。
桜井さんへのインタビュー記事で、桜井さんが何を気にして歌詞を作るのか、わかるかもしれない。
どういうふうに世界を見ているのかわかるかもしれない。
いろんな見方のモデルを自分の中に蓄える。
(もちろん、それも自分ができる人、したいと思う見方でいいと思う。)
入口に本を読むのももちろん良いと思う。
例で出した人(博報堂の人とか宮崎駿さんとか)はもう本のインプットのレベルを越えている感じがするが。

それに加えて、やっぱりイイものをみること。
質の高いモノ、コトに触れること。
わかりやすく言えば、オリンピックとか世界的イベント、コカコーラ、Googleとか世界的企業、シルク・ドゥ・ソレイユの舞台、なんでもいい。イイもの。
で、大事なのは、自分で何がどうだったから良かったのか、を噛み砕いておくこと。

アメトーークのプロデューサーも言っていたけど
面接で、すごく個性的な人や独創性のある人はまず通さない、必要なのは「面白さを理解できる頭」「面白さを伝えられる頭」だと。何が面白いか、どこが面白いか、どこが面白くないか、なぜ面白くないか。自分で問を設定して答えを考える能力です。と

有名だったり、お金があったり、世界的なことだったら何かしら良いだろうから
そういうものから何がいいんだろうかとか考えてもいいし
自分が好きだなぁとかいいなぁと思うものの、「今どこがいいなと思ったんだ?」とか考えてもいいし
何がどうなってたからいいななんだ?とか考えてもそれは自分独自のインプットになるだろうから
きっと価値が生まれる。
(そういう個性って価値なんですよ。社会にでるまでは、或いは固い仕事では敬遠されるかもしれないけど)

これやりたい!あれやりたい!よりも
あ、そんなこと考えてんの、とか思われていることに目を向けてみるのも実は良いかもしれない。
と思っている。


僕も、圧倒的にインプットのなさを感じる毎日なので、吸収した毎日を過ごしたい。
価値を生み出したいね。
いつになることやら、絶賛お悩み中。

それでも応援はいつでもできるように。
被応援はいつでも歓迎。


ほいじゃーね。

posted by ゆっぽん at 13:29 | 東京 ☁ | Comment(0) | TrackBack(0) | 仕事・アイデア はてなブックマーク - インプットの質ってものの存在 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年06月13日

解法と例題。

目の前にわからない数学の問題があって、

立ち尽くす。

小学生が2次方程式の問題にいきなり出会った感じ。

小学生か小学生じゃないかにかかわらず
つまり、回答者のレベルがあるのかないのかにかかわらず

例題とか考え方とか
教科書の方の最初にあるやつを学ばない限り
よほどじゃないと正解にたどり着けない。

xがなにを意味するのかもわからないまま。

解法と例題。

そゆものに当たれる機会がない…。

どうにか本とか、成果物から読み取ろうとするけど。

よく企画書コピーして学びました!っていうけど、そもそもそんな環境じゃないし。

うーん。

必要な資料は何かを考えて出すこと…か…。

うーん。うーん。


甘くもあることはわかっちゃいるんだけど、
つまり、辛さも知らない。


山はわかるんだけど、登山道がない。
自力で登れるほど装備もない。

うーん。うーん。うーん。



posted by ゆっぽん at 19:45 | 東京 ☔ | Comment(0) | TrackBack(0) | 仕事・アイデア はてなブックマーク - 解法と例題。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年06月12日

広告的な話

全然こんなこと言える立場ではないし、言ったところで何もかわらないのだけど
単純にそれに近いような世界にいて、世の中がどうなってるのか、
ちょっと考察したいから書く。

別件で書きたいことあったのに書くこと忘れたから、これ、書く。

広告的な話。

車のCMに触れつつ、考察致します。

まずはディスりから。
最近見かけるトヨタのCM
免許を取ろうシリーズ。


これがトヨタさんのチャレンジだったのかなんなのかはわからないんだけど、
個人的にはこれが流れた時から「?」過ぎて、しょうがありませんでした。

いろいろ突っ込みどころはあるような気がするのだけど
一番腑に落ちないのが、
これを見て「免許取ろう」と思える人がどれだけいるのか
そこからトヨタ買おうって思う人がどれだけいるのか
を考えた時、私だったら1mmもそんな気持ちにならないぞ・・・と思えたからなのです。

車業界全体を見て免許をとろうと(あんなにもストレートな言葉で)言ってるのかもわかりませんが
それにしたって、あんだけ有名な人を使って、確かに話題性はありましたけど
それが結局何になるの?と考えずにはいられませんでした。

確かに、今はもはやコンテンツ力の時代で、広告云々よりも「それがどれだけ面白いか」で語られる時代で
ありますし、Softbankの白戸家だって携帯とほぼ関係ないところで繰り広げてますが
あれが話題になって、あれがなんとなく面白いからソフトバンク!って選ぶ人もいるでしょう。
そこはわかります。
面白くなきゃ伝わらない時代です。

でも商材(の価格帯)がそもそも違うし、目的も違う(免許を取らせること?トヨタを買わせること?トヨタを好きになってもらうこと?)ので、おんなじ風には語れないとは思いますが
だとするとますます「うーん?」ってなります。
なんだろうこのCM?
(っていち消費者が思うのだからこの感覚は別にあまり間違っていない気もします。)

んで、もっと言っておくと
どこだか忘れてしまったけど、車のCMで親子で成長した息子を迎えに行ってどうたらどうたら
イイハナシダナーみたいなCMがあるんですが
(ごめん、探せなかった!多分スバルのCMだと思うのですがロングバージョンしかなくて、こちらの説明をしている元気もないので、すごい端折り方でごめんなさい。上記の感覚で私は見てました。)

そのCMが感動するとかしないとかじゃなく
だれがそれをみてあなたの会社の車が欲しくなるの?っていう観点から見ると

やっぱり動かないんだよね、すくなくとも私は。
確かに車にストーリーがあったり、車を持つことでいいことってたくさんあるけど
昨今の若者のクルマ離れ(私はレンタカーで本当充分だなと思ったり)する中で
振り向かない人を無理やり振り向かせるというか
単純な「モノ」としてのクルマに無理やりストーリーをねじ込んで、あーだこーだ広告することに
もうなんか限界があるように思えてならないんだけどどうなんでしょう。



とか思ってたら、あーこーいうのが原点回帰なのかなと思いつつも
多分これから来るんじゃなかろうかと思うCMがコチラ。


前に電通の方の話を聞いた時
車のディーラーの方たちは、車のCMに変なタレント使うんじゃねぇ、とか
もっと車映せ!とかCMに対してクレームをしまくるらしいのですが

ならばと思って30秒丸々360°車映してやるわ!みたいになって
映したCMが案の定高評価だった、なんて話をされていましたが
もしかしたらディーラーの方が一番わかっていらっしゃったのか・・・とも思えてきます。

何が言いたいのかというと
メリット云々、コンテンツ、文脈云々、というよりもそのモノ。
買う気が0の人を振り向かせようとするよりも
買う気0は無視。心のどこかに1でも可能性のある人へ向けた、それを2でも10でもにする見せ方。

が今後の向かっていく方向なんじゃないかと思う。

先のアウディのCMには、ほとんどコピーやらなにやら入って来ませんでした。
でも、クルマ・・・カッコイイな・・・と少なくとも私にとって、思わされました。
(だからと言って単純な作りをしましょうって意味では全くないです。)

クルマ好きが一番かっこいいと思える本質的なことをしっかり伝える。
メーカー視点という意味じゃなく、自分が、いち車好きの少年の気持ちになったとき
どこが一番かっこいいか、そゆことを伝えようと、そういうこと。

結局憧れたあの時の気持はどこからだっけ?とかっていう気持ちをきちんと表現できるか
本質的に魅力ある部分をきちんと表現できるか
って段階になってきているような気がします。

(その分当たり前だけど結局は製品に魅力がなきゃやっぱり生き残れないんだけど)

つまるとこ何が言いたいかというと

どらえもーん免許取ろうとか、クルマは思い出、とかじゃなくて
ウチはこんだけ自信のある製品作ってます、って表現が一番しっくりくる。

CMとか文脈とかコンテンツではなくて製品の話です。
糸井さんが広告なんていらない製品が良い製品だ的なことをおっしゃってますがそんな感じ。
(でも、アウディのCMがなかったらアウディすげーとも思えなかったので、
そゆ意味では広告はなくならないと思うけど)

それはそれで、伝え方を極めるのも難しいんだろうなぁ。


というわけで、
(まぁ商材によるんだろうけど)、またちょっと時代が変わってきた感じがしたので筆をとったまで。
アウディさんを観たとき、あぁこういうの・・・!!と思ったのでした。





なんつって。



そんな考察をしても、相変わらず私は、うんうん唸って、毎日今日何しようか・・・って途方に暮れてる
社内ニートみたいな感じも否めないんですけどね。
うーんうーん。




posted by ゆっぽん at 22:08 | 東京 ☁ | Comment(0) | TrackBack(0) | 仕事・アイデア はてなブックマーク - 広告的な話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

泣いてることすらばからしい。

自分の無能さにはほとほと呆れる。

でも多分本当につらいのはここからで、呆れてるだけじゃ本当に何も変わらないし世界は回る。
呆れてるだけで済むなら楽なんだけど。


泣いて済む話じゃねぇってこった。

posted by ゆっぽん at 19:34 | 東京 🌁 | Comment(0) | TrackBack(0) | 仕事・アイデア はてなブックマーク - 泣いてることすらばからしい。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年06月11日

いないこと。

Twitterとかfacebookの投稿減った?って言ってくれる人がいて、些細なことなんだけどなんだかとても嬉しかった。
しかも全然会わない人だったので。

その言葉が欲しくてそうしてたわけじゃないけど、「いなくなった」ことに対して反応くれたことが嬉しかった。

私も声をかけよう。

いることじゃなく、いないことに声をかけよう。

posted by ゆっぽん at 23:23 | 東京 ☁ | Comment(0) | TrackBack(0) | 寄り道 はてなブックマーク - いないこと。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年06月09日

時の流れ。

最近時間の流れに自覚気味。
早い早い。

早いってか常に流れてるんだなって自覚気味。

posted by ゆっぽん at 12:37 | 東京 ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | 寄り道 はてなブックマーク - 時の流れ。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年06月06日

苦しい時は

苦しい時こそ次の一手を。

負けた時こそ胸を張れ。

posted by ゆっぽん at 20:28 | 東京 ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | 仕事・アイデア はてなブックマーク - 苦しい時は | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年06月03日

やりたいこと

あ、別に長期的にって意味じゃなく、いやそれも含むか。

大学院への悶々。
投資への悶々。
デザインあ展のレポート(なぜに)
→教育的価値、デザイン性、比べること、一覧性について
最近の仕事について
最近のやる気について

ちょっと書く時間がないので
忘れないようにタイトルだけ。

posted by ゆっぽん at 23:55 | 東京 ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | 寄り道 はてなブックマーク - やりたいこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

望まなければ

好かれることを望まなければ、
仲良くなることもある。
そりゃそうだ。
相手にとって、ストレスのない相手なのだから、でもいつかきっと思う。
あぁ、この人は誰しもに興味がないのかって。

ザキヤマ理論(どうせ好かれてないから嫌われる心配なんて必要ない)は素晴らしいけど
多分どこかきっとかなしい。


ま、でも楽しいけどねそれでもね。

posted by ゆっぽん at 20:33 | 東京 ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | 寄り道 はてなブックマーク - 望まなければ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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